第2 個人会員へのメッセージ(4)

4.証券アナリストの個人的投資

(1)セル・サイドの証券アナリストの個人的投資
a 米国での論点の一つが、セル・サイドアナリストの個人的投資の問題であった。買い推奨を行った証券アナリストが、その推奨の対象となった証券を売ったというようなケース、IPO 銘柄を公開前に取得し、レポートにおいて推奨し、自らが利益を挙げたというようなケースが伝えられ、証券アナリスト批判の大きな要因となった。このようなことから SIA(証券業協会)が打ち出した Best Practices for Research は、証券アナリスト自身やその家族が担当証券を所有する場合にはその事実を開示すべきものとし、NASD(全米証券業協会)も、証券アナリストがその投資推奨の対象とする証券に関して有する金銭的利害を開示することを求めるレギュレーション改正案を提案した。また、いくつかの有力証券会社が、その役職員である証券アナリストが担当する証券への個人的投資を禁止する措置を打ち出した。AIMR も、証券会社がその役職員である証券アナリストの個人的投資に関する社内管理および保有の開示を強調する考え方を示している。

b 当協会の現行証券アナリスト職業行為基準は、担当証券の個人的投資の是非については触れていない。また、担当証券の保有は原則として基準 6.利益相反の開示等(1)により、顧客に開示が要請される事項としつつも、基準の解釈(証券アナリスト職業行為基準実務ハンドブック)は、会員が所属する会社において担当証券の保有に関する社内ルールおよびその実効性を担保するためのチェック体制が十分に厳格である場合には開示を要しないとの立場を取っている。これは、外国に比し、わが国では証券会社が役職員の個人的な証券投資に対し厳格な立場を取ってきたことを考慮したものである。

c 本件についての当協会の考え方は、以下のとおりである。
顧客に対し投資推奨や投資情報の提供(以下、「投資推奨等」という。)を行う証券アナリストの担当証券への個人的投資については、様々な考え方がある。前述のとおり、伝統的にわが国の多くの証券会社は、役職員の証券投資に対して厳しい考え方を取ってきており、投資推奨等の業務を行う証券アナリストについても担当証券への個人的投資を認めないとの社内ルールを定めているところが多い。これに対し、米国においては、従来は担当の証券に対しても投資する権利は認められるべきであるとの考え方が強かった。日本でも一部の証券会社や会員の間で同様の考え方を取っているところもある。

このように異なる見解があることは承知しているが、当協会としては、 証券分析業務の客観性・公正性に関する投資家の信頼を確保するという観点からすると、顧客に対し投資推奨等の業務に従事する会員が担当証券への個人的投資を行うことは、原則として望ましくないと考えている。その理由は次のとおりである。

イ. 自分が買い推奨した証券のうち、特定の証券にのみ投資を行った場合は、その証券については投資家が知らされない情報があるのではないかとの疑念を招きかねない。

ロ. なんらかの個人的事情により、担当している証券をやむをえず売った場合でも、その後悪材料が出たときには当該証券アナリストが事前にそれを知っていたのではないかとの疑いを招く恐れがある。この場合、知らなかったという証明を行うことは極めて難しい。

いくつかの条件を付せば、問題を起こさずに個人的な投資を行うことも可能という意見もあろうが、担当証券への個人的投資に対する姿勢は、証券アナリストの客観性・公正性を最も象徴的に、かつ、分かりやすく示すものであることを考えると、「李下に冠を正さず」とすることが望ましいと考える。米国でも、本件に対する考え方は変化しつつあり、有力証券会社に担当証券への投資を禁止するところが出てきていることは前述のとおりである。しかし一方で、担当銘柄に対する投資の禁止は、証券アナリストの財産形成に対する過剰な制限であるとの意見が米国ではまだ根強く残っており、わが国でも一部にそのような考えに同調する意見があることも事実である。その点を考慮すると、現時点で会員による担当証券の保有を一挙に禁止するということも性急であると考えられる。

以上の点を総合的に考慮した結果、当協会としては、顧客に対し投資推奨等に従事する会員については、次のような方向で職業行為基準の一部を改正することが適当と考えている。

イ. 証券分析業務のうち顧客に対する投資推奨等に従事する会員は原則として担当する証券の実質的保有をすべきでない旨を規定し、基本的な考え方を示す。

ロ. ただし、証券分析業務の客観性・公平性を阻害しないと合理的に判断される形で実質的保有が行われる場合には、イ.の適用はないこととする。

ハ. ロ.の規定により会員が担当証券の実質的保有を行う場合には、 保有の事実を開示するものとする。

上記の趣旨は、担当証券については、今後、会員自らの意思により、あるいは証券会社の判断により、個人的投資を行わない方向に進むことを期待するが、一挙にこれを求めることはせず、合理的に考えて証券分析業務の客観性・公正性を損なわない形であって、かつ保有の事実が開示される場合は禁止しないということである。どのような条件を満たせば客観性・ 公正性が損なわれないかについて、当協会としては、a短期の売買を目的としないこと、b 投資推奨等の方向と整合性があることが必要と考えている。

また、担当証券につき会員が個人的取引を行う場合には、投資推奨等を行う前に、あるいは投資家がその投資推奨等を考慮するために必要な時間が経過する前は取引を行わないこと(いわゆるリサーチ・フロントランニングの防止)が求められる。これは、現行の職業行為基準 6.(2)の解釈で会員が行ってはならない行為としてカバーされているが、さらにその趣旨を明確にする趣旨から、現行基準の一部を改正し、次のような規定を置くこととしたいと考えている。同様の規定は、ICIA の「国際倫理綱領および職業行為基準」にも盛り込まれている。

「投資推奨等の業務に従事する会員は、投資推奨等を行う場合には、自己が実質的保有をしまたはそれが見込まれる証券の取引に優先して、顧客が当該投資推奨等に基づいて取引を行うことができるよう、十分な機会を与えなければならない。」
d 日本証券業協会の理事会決議における個人的投資の取扱い
日本証券業協会の理事会決議 10(1)は、証券会社が、証券アナリスト個人の有価証券の売買等又は保有に関し、証券アナリストの公正かつ適正な業務の遂行が確保されるよう努めなければならない旨を規定している。(注) また、いわゆるリサーチ・フロントランニングに関しても、これを行ってはならない旨の規定を置いている。

(注) 日本証券業協会理事会決議は、要旨次のように規定している。
13(1) 会員は、アナリスト個人の有価証券の売買等又は保有に関し、アナリストの公正かつ適正な業務の遂行が確保されるよう努めなければならない。
(2) 会員は、会員の役職員が、アナリスト・レポートの作成・審査に当たり入手した重要情報を利用して役職員個人の有価証券の売買等を行わないよう努めなければならない。
(なお、上記にある重要情報とは決議7(1)に規定する情報であり、以下のものを指すことになっている。)
a アナリストがレポートを執筆するに際し、アナリストが担当している会社及び社内の他の部門等から入手した情報、…であって次に掲げるもの
イ 法人関係情報(以下略)
ロ イ以外の未公表の情報であって投資者の投資判断に重大な影響を及ぼすと考えられるもの
b 発表前のアナリスト・レポートの内容等であって投資者の投資判断に重大な影響を及ぼすと考えられるもの

(2)バイ・サイドの会員の個人的投資
バイ・サイドのリサーチ・アナリストおよびファンド・マネジャーについても個人的な投資によって投資管理の客観性や公正性が損なわれないようにしなければならないことは当然である。バイ・サイドの会員の個人的投資において最も問題になりうるのは、いわゆるフロントランニング的行為であるが、これについては、セル・サイドの会員についてと同様に現行基準 6.(2)の規定の解釈により、会員が行ってはならない行為としてカバーされている。しかし、 当協会としては、その趣旨をより明確にする観点から今回職業行為基準の一部を改正し、次のような規定を置くことが適当と考えている。

「投資管理業務に従事する会員は、自己が実質的保有をしまたはそれが見込まれる証券の取引が、自己の関与する運用財産において行う取引の利益を損なうことがないよう、当該運用財産のための取引を自己の取引に優先させなければならない。」

本ペーパーで言及している日本証券業協会理事会決議「アナリスト・レポートの取扱い等について」は、同協会自主規制規則「アナリスト・レポートの取扱い等に関する規則」に改正されています。また、言及している条文の内容や項目が、改正等により変更になっていることもあります。留意してください。

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