米国における証券アナリストの利益相反問題-連邦/州当局と大手証券会社との包括的和解-

基本合意内容の公表(2002年12月)
リサーチ・アナリストにかかわる利益相反問題および新規公開株式の配分問題を調査してきたSEC、NASDおよびNYSE並びにニューヨーク州の司法当局は、包括的な和解という形でこれらの最終決着を図ることを目指し、2002年10月初からウオール街の主要証券会社と精力的な協議を続けた。協議は10月末ごろには相当煮詰まった段階に達したと伝えられた。しかし、11月に入ってSECのピット委員長の辞任表明があったことなどから、予想より決着に時間を要し、クリスマス休暇入り直前の2002年12月20日に、基本合意された包括的和解の概要が発表された。この概要発表は、2002年12月中に決着という形を取るため急いで行われたものとみられ、詳細な合意文書、また各社ごとの事案についての事実認定書は、後述のとおり、4ヶ月後の2003年4月に公表された。

最終的に成立した包括的和解の内容
証券アナリストの利益相反と新規公開株割り当てを巡る問題について、2003年4月28日に、 米国規制当局と大手証券会社との間で最終的に決着した和解内容の詳細が公表された。和解の当事者は、当局側がSEC、ニューヨーク州司法当局、NASAA(北米証券行政担当者協議会)、NASD、NYSEおよび州規制当局であり、証券会社側は後掲表の10社である。
この和解は、証券会社における投資銀行部門のリサーチに対する不当な圧力に関して規制当局が合同調査に基づき民事告発した事実内容(注)について、証券10社が、当局との数カ月にわたる交渉を経て、その事実を肯定も否定もしないまま、証券取引法等の違反行為の差し止め命令、民事制裁金の支払い、不当利益返還、リサーチの独立性確保のための機構改革・諸方策の採用等に同意するに至ったものである。

(注)SECが裁判所(US District Court Southern District of New York)に提出した各証券会社に対する民事告発書そのものが、最終的な和解文書とともに公表された。10社はいずれも、1999年半ばから2001年半ばまたは後半にかけての期間、a.投資銀行部門のアナリストに対する不当な影響力によってアナリストに生じた利益相反を、十分かつ適切な方法で管理することを怠っていたこと、b.そうした利益相反について監督(supervise)していなかったこと、について告発されている。さらに、各社により該当の有無は異なるが、詐欺的(fraudulent)リサーチの発行、公正取引・信義誠実原則に基づかないリサーチの発行、リサーチ対価の授受と対価の非開示(引受幹事を務める証券会社が発行会社に関するレポートの発行を他の証券会社に対価を支払って依頼し、対価を受けた証券会社がレポートでその事実を開示しなかった行為)、IPO株のスピニング行為等が告発されている。

このように、複数の規制当局と大手証券会社10社が一度に和解するというのは異例のことであり、「包括的」和解(global settlement)と呼ばれるゆえんともなっているが、本件を一刻も早く決着して米国証券市場への信頼回復を図りたいとする当局と証券会社の意向を反映したものと考えられる。

最終的な包括的和解の内容は次のとおりである。

和解金の支払い

  • 証券10社で総額約14億ドルを支払うこと。その内訳は、民事制裁金として4億8,750万ドル(メリルリンチが昨年4月のニューヨーク州司法当局との和解で支払った1億ドルを含む)、不当利益返還として3億8,750万ドル、独立系リサーチ基金に4億3,250万ドル、投資家教育基金(本件についてのみ10社のうち7社が支払う)に8,000万ドルである。証券規制に関する民事制裁金としては、総額、1社当たりの最高額(シティグループのソロモン・スミス・バーニー分)とも過去最高とされている。(各社ごとの内訳は別表参照。)
  • 民事制裁金、不当利益返還の総額8億7,500万ドルのうち、メリルリンチ支払い済みの1億ドルを除く、7億7,500万ドルの半額は、SEC、NYSE、NASDによる告発に対する和解として支払われ、損害を被った投資家に対する給付基金(Distribution Fund)に充当される。残り半額は州政府に支払われ、同様の目的で使用されることが期待されている。給付基金は、SECの推薦に基づき裁判所が指名する管理人によって管理・運営され、告発書に陳述されている詐欺的レポート等の対象となった銘柄を一定期間に購入した投資家に対し支払われるとしている。

包括的和解に基づく各証券会社の支払金額 (単位:百万ドル)

包括的和解に基づく各証券会社の支払金額 (単位:百万ドル)包括的和解に基づく各証券会社の支払金額 (単位:百万ドル)

(注)メリルリンチの民事制裁金1億ドルは、2002年5月にニューヨーク州司法当局との和解により支払われた金額。

リサーチ部門と投資銀行部門の分離

証券会社は、リサーチ部門と投資銀行部門の分離について、次の機構改革(structural reform)を実施すること。

  • 両部門間の情報の流れを物理的に遮断すること。
  • 報告ラインを完全に分離すること(リサーチは投資銀行部門に対してまたは同部門を通じて報告されることのないようにすること)。
  • 部門ごとに法務/コンプライアンス・スタッフを分けること。
  • リサーチ部門への予算配分は、投資銀行部門の意見および同部門からの特定の収益の影響を受けることなく、投資銀行業務従事者以外のCEO等の会社幹部が決定すること。
  • アナリストの報酬は、投資銀行部門の意見および同部門の収益に直接、間接的に基づいてはならず、リサーチの質と正確性を最重視してリサーチ部門の幹部および投資銀行業務従事者以外のCEO等の会社幹部が決定すること。また、リサーチ部門の幹部は、アナリストの報酬決定を文書化すること。
  • アナリストの評価は、投資銀行業務従事者により行われることのないようにすること。
  • 投資銀行部門は、アナリストによる調査対象会社の決定(証券会社が発行するレポートでどの会社を調査対象とし、あるいは調査終了とするかどうか)には関与しないこと。
  • ピッチおよびロードショー等の投資銀行部門の営業活動にアナリストが参加することを禁止すること。
  • 両部門の不適切なコミュニケーションを禁止するファイヤーウォールを設けること。ただし、リサーチ部門の幹部を通す、あるいは法務部スタッフが同席する等、所定の手続きに従ってアナリストが投資銀行部門の取引案件について意見を述べる場合などは除外される。
  • 証券会社による機構改革が確実に実施されているかどうか監視するため、証券会社の負担で独立の監視者(Independent Monitor)を置くこと。監視は最終的な和解成立の18カ月後に開始するものとし、監視者は監視開始後6カ月以内に報告書をSEC、NASD、NYSE に提出すること。

開示の強化

  • リサーチ・レポートの最初のページに、「証券会社はリサーチ・レポートで調査対象となっている会社と取引関係にあるか調査対象会社に取引を求めており、したがって、投資家は、レポートの客観性に影響するような利益相反が証券会社に生じている可能性があることに注意すべきである」旨のいわゆる警告文を記載すること。
  • 証券会社が調査終了を決定した会社については、最終レポートを発行し、調査終了の旨とその理由を開示すること。
  • 証券会社は、四半期ごとに、各アナリストの氏名、レーティング、目標株価、EPS予測を含むアナリストのパフォーマンスを示すチャートを、証券会社のレーティング・システムに関する説明とともにホームページに掲載すること。

独立系リサーチの提供

  • 投資家が客観的な投資助言にアクセスできるようにするため、証券会社は、最終的な和解の成立から5年間にわたり、三つ以上の独立系調査会社と契約を結び、自社の顧客がそれら独立系調査会社のリサーチを利用可能とすること。
  • 証券会社は、顧客口座報告書、リサーチ・レポートの最初のページ、およびホームページ上で、証券会社が調査対象としている銘柄について独立系調査会社のリサーチを利用することが可能である旨を顧客に通知すること。
  • 独立したリサーチの調達に関する最終的権限は、証券会社ごとに任命される独立したコンサルタントが有すること。

投資家教育

  • 規制当局は、投資家教育基金(証券7社が支払う8,000万ドルを原資とする)を設けて、投資意思決定に必要な知識・技法を投資家に提供する教育プログラムを資金援助すること。

IPO株のスピニング禁止に関する自主的な合意

  • 証券会社は、公開会社幹部に対し“hot”IPO株(発行直後の流通市場においてプレミアム付きで取引されるIPO株)の割り当てを行わない旨、規制当局に自主的に約束すること。これは、現行の法規制下では、証券会社が投資銀行業務獲得等を目的として会社の幹部に “hot”IPO株を割り当てる、いわゆる「スピニング」を禁止する明確な規定がないため、規制当局が新たに禁止規定を設けるまでの間、証券会社が自主的にスピニングの禁止に合意するというものである。

包括的和解に対する評価
上記のとおり包括的和解が最終的に成立したのは2003年4月であるが、和解に対する関係者の評価・反応は、その基本合意内容が2002年12月に初めて公表された段階で既に示されており、次のようなものであった。
調査の段階から交渉の決着まで終始キー・パーソンであったニューヨーク州のスピッツアー司法長官は、「この合意はウオール街の機能のあり方を恒久的に変えるものである。調査および交渉の過程で、我々の目標は小口の投資家の利益を守り、市場に高潔さを回復することにあった。この合意に盛り込まれたルールはこれらの目的を達成するであろう。」と述べた。また、NASD のグラウバー会長は、「この和解は投資家の信頼を回復するために重大な意味を持つ一歩であり、証券業界が何よりも投資家に対して義務を負っていることを確認するものである。・・・リサーチと IPOについて浄化を行うことは単によき倫理の問題ではなく、ビジネスの発展にかかわる問題である。」と述べた。また、SECとニューヨーク州司法当局が共同で本件に対処する体制を作るために仲介者として重要な役割を果たしたNYSEのグラッソ会長は、「何よりも大事なことは投資家の信頼を回復することである。・・・SEC、ニューヨーク州司法長官、その他関係当局が今回の和解成立のために行った努力の受益者は、85百万人の米国の投資家である。この合意は、自主規制機関が政府と協力しながら市場のすべての利用者のために利益となる改革を行うことができることを示す顕著な例である。」と述べた。
また、2002年12月21-22日付のファイナンシャル・タイムズ紙は、証券会社が自らの負担で独立系のサービスを提供するというスキームについては、その有効性につき疑問が呈されているとし、独立系の調査刊行物であるGrant’s Interest Observer誌の編集者であるジェームス・グラント氏の「ベア・マーケットはたくさんの悪いアイデアを生むがこのスキームはその中でも最悪のものである。利害関係のない独立の調査担当者が、証券会社の調査担当者に比し、個人投資家に対し、より正確で、有益な情報提供をするとは誰も言えない。」との発言を紹介している。そして、多くの業界関係者が個人的には同様の見方をしているが、このスキームを受け入れないとより過激な措置を取るよう迫られるためやむを得ず受け入れたものだと伝えている。
また2002年12月23日の同紙の社説は、今回の和解の内容につき一定の評価をしつつも、これで問題がすべて解決したとは言えないとしている。まず、アナリストの報酬に関し投資銀行部門からの隔離を進めることは、リサーチにかかわる最も重大な偏向の原因を抑制することにはなるが、アナリストの報酬の源泉に投資銀行部門の上げる利益が含まれる限り利益相反は残るとしている。また、証券会社が自己のリサーチとともに独立のリサーチを提供するというスキームについては、独立系のリサーチ会社が発展しないことに利益を有する大手の証券会社から寄付金を求めるのはおかしなことだとしつつ、寄付金の拠出はブティックのリサーチ会社の成長を促す可能性があるとしている。ただし、そうなるかどうかは豊かな資金力を背景に高給を提供する大手の証券会社との競争の中で、独立系のリサーチ会社が質の高い人材を集めることができるかが鍵になるとしている。さらに、本来はもっと多くの投資家が自分自身でリサーチのコストを支払うようになることが最も健全な方向の進展であるとしている。
2002年12月23日付のウオール・ストリート・ジャーナル紙のReview & Outlookにおける論評は全体として辛口の評価をしている。まず、この和解は、本件を早く決着してイメージの回復を図りたいウオール街の証券会社と法廷に案件を持ち出すことなく勝利を宣言したいスピッツアー司法長官の取引であるとしている。同論評は、また、スピッツアー氏の功績は、投資家が株式に関する無料のアドバイスをうのみにすることが危険であることを警告したことにあったのに、今回の和解におけるリサーチ提供に関するスキームは、逆のメッセージを送ることになると述べている。さらに、スピッツアー氏は個人投資家のためにウオール街のビジネス・モデルを改善する ことを目標としたとしているが、もともと金融市場には個人の資産運用を助けるためにミューチ ュアル・ファンド、コマーシャル・バンク、あるいは専業ブローカーといった制度があり、株式の引受・販売に関し政府が特別にしなければならないことはないと述べている。

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