米国における証券アナリストの利益相反問題-アナリストへの批判の高まりと新規制(2002年5月)の導入-

米国では、2001年の春ごろから、アナリストの独立性の問題を巡って、マスメディア、投資家、 議会などからアナリストに対する批判が高まり、一部投資家が証券会社やアナリストを相手に訴訟を提起するといった動きまで起きた。その主たる背景は、2000年春までインターネット関連を中心に高騰した株価が、急激に下落し、IPO銘柄に投資した投資家などが大きな損失を被り、これら銘柄に関するリサーチ・レポートが客観的に、また独立して作成されたのかという疑念が高まったことにあった。
リサーチの客観性・公正性をめぐる一連の議論の中で指摘された具体的なポイントは、概ね次のようなものであった。

(1) 顧客の利益の最優先に関連した利益相反の問題

a アナリストが担当銘柄を保有することにより、顧客の利益よりアナリストの利益が優先されていることはないか。

b リサーチの客観性が投資銀行部門の業務への配慮から影響を受けていることはないか。

(2) 株価レーティングに関連した問題

a 株価レーティングに使われている記号や用語の定義が曖昧で分かりにくいのではないか。

b 買い推奨に比し、売り推奨が極端に少ないのではないか。

上記のような批判の高まりに対応して、証券業界の団体であるSIA(証券業者協会)が2001年6月に「リサーチのベスト・プラクティス(Best Practices for Research)」(業界の自主的ガイドライン、準拠は任意)を公表した。また、規制当局サイドでは、2001年前半、NASD(全米証券業協会)が規制の必要性について検討を始め、2001年7月に証券の投資推奨に関する開示規則(Rule 2210)の改正案を提示した。証券会社も社内規則の制定などの措置を取り、いったん事態は落ち着いたかに見えた。しかし、2001年秋以降、エンロンの破綻をきっかけに再びアナリストの利益相反問題が議論の対象となり、さらに2002年春にニューヨーク州のスピッツアー司法長官がメリル・リンチ証券におけるアナリストの利益相反問題を追及するに至って新たな局面に発展した。

エンロンの破綻は、米国における資本主義のあり方を問う大きな事件となった。議論の中心はコーポレート・ガバナンスのあり方、会計基準および監査法人の問題であったが、アナリストの役割についても少なからぬ議論があり、批判があった。エンロンの財務の悪化にもかかわらず、買いや保持の株価レーティングを継続していたアナリストがいたためである。2002年2月には、上院の調査に四つの大手証券会社のエンロン担当アナリストが喚問された。アナリストに対する批判の第一は、なぜエンロンの財務の悪化を見抜けなかったかという点であった。第二に、アナリストが所属する証券会社の中にエンロンに対する投資銀行業務を提供しているところがあったが、この関係が株価レーティングにも影響したのではないかという点であった。これに対し、アナリスト側はエンロンがミスリーディングで不完全な情報しかアナリストに提供せず、監査法人により監査証明された財務諸表が会社の真の財務状態を示していなかった状況では適正な判断ができなかったと反論した。また、投資銀行部門の業務との関連については、チャイニーズ・ウォールがあるためエンロンの会計操作の道具立てとなったプライベート・パートナーシップに関する情報には接していなかったこと、社内の投資銀行部門から株価レーティングにつき圧力を受けたことはなかった旨反論した。

エンロン事件では、アナリストが批判の正面戦線に立ったわけではないが、関係者の対応措置もあって鎮まりかけていたアナリスト批判が再燃するきっかけとなり、また、コーポレート・ガバナンスのあり方、会計基準、監査法人、格付け機関などの問題とともに、アナリストについても、その役割を資本市場の健全性を維持するためのシステムの一環という観点から見直すという気運が高まったという点で、大きな意味を持つ事件となった。

NASDおよびNYSEの新規則
NASDおよびNYSE(ニューヨーク証券取引所)は、2002年2月7日、リサーチ・アナリストおよびリサーチ・レポートにかかわる規則案を発表した。同案はSECに提出され、同年5月10日付で承認された。その主要な内容は次のとおりである。

  • リサーチ部門の職員を投資銀行部門の管理または統制下に置くことの禁止および投資銀行部門によるリサーチ・レポートの事前チェックの原則禁止。
  • アナリストの報酬を投資銀行部門の特定の取引に連動させることの禁止(ただし、証券会社は、アナリストが投資銀行部門に提供したサービスを含めて、アナリストの業績全般に基づき報酬を支払うことは禁止されない)。
    証券会社に対し、アナリストが投資銀行部門の収益に基づき報酬を得たかどうかを開示することを義務付け。
  • 証券会社およびアナリストに対し、調査対象の会社との投資銀行業務にかかわる取引につき一定の開示義務を規定。
  • IPOおよびセカンダリー・オファーにおいて発行会社の主幹事または副幹事をつとめた証券会社につき一定期間当該発行会社に関するリサーチ・レポートの発行を禁止。
  • 証券会社が投資銀行部門のビジネスの推進のため、発行会社に好意的なリサーチを提供することを禁止。
  • アナリストが、担当業種の会社のIPO前にその証券を購入することの禁止。
  • アナリストが、リサーチ・レポートの発表前後の一定期間に対象会社の発行証券を取引することを原則禁止。
  • 証券会社およびアナリストに調査対象会社の証券の保有等につき開示を義務付け。
  • 証券会社は、自社の全投資推奨証券につき、買い・売り・保持の割合を開示するとともに、それぞれにつき投資銀行部門の顧客である会社の割合を開示することを義務付け。
  • 証券会社に、実際の価格変動とともに、アナリストが付したレーティングまたは目標株価並びにこれらを付した時点または変更した時点を示すチャートをリサーチ・レポートに掲載することを義務付け。

本規則の最初の草案は2001年7月に公表されたが、それと2002年5月にSECに承認されたものを比較すると、後者の方が、証券会社およびアナリストについて禁止される事項、開示を求められる事項の範囲がかなり広くなった。これはエンロン事件が影響しているのではないかと思われる。

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