米国における証券アナリストの利益相反問題-ニューヨーク州司法当局とメリル・リンチ社との和解-

ニューヨーク州司法当局によるメリル・リンチ社の調査
アナリストを巡る問題に関し、新たな展開をもたらしたのは、ニューヨーク州の司法当局によるメリル・リンチ証券の調査である。同州のスピッツアー司法長官の指揮する司法当局は、独自の立場からメリル・リンチ社におけるリサーチ・アナリストと投資銀行部門との利益相反に関する問題を調査していた。2002年4月8日同長官は、メリル・リンチ社のアナリストが投資銀行部門の業務を拡大するため、同部門の顧客となる会社を好意的に推奨していると非難し、その証拠としてメリル・リンチ社の社内Eメールを公表した。同長官は、同社のアナリストが、社内Eメールにおいて仲間内ではけなしている会社を顧客に対しては買い推奨していると述べた。メリル・リンチ社は、当初これらメールは全体の文脈と切り離されて部分的に示されていると反論したが、後に株主総会で同社のコマンスキーCEOが、これらメールは同社の方針と反するものであり、悲しむべきものであるとし、同社の顧客、株主および従業員に謝罪すると述べた。スピッツアー長官は、メリル・リンチ社に対し、不正行為(wrong doing)を行ったことの承認、損失を被った投資家のためのファンド(restitution fund)の設置、投資銀行業務からのリサーチの独立性を確保するための機構改革などを求めて交渉を開始した。
これまでウォール・ストリートの証券会社にかかわる問題は、連邦政府の部局であるSECが取り扱うのが通常であり、州の司法長官が本件のような問題に乗り出すというのは極めて異例であった。スピッツアー司法長官は、州の証券に関する法であるマーチン法を根拠に調査を進め、成り行きによっては関係者の刑事訴追も辞さない方針を示していた。米国の州司法長官は選挙で選出される政治家であることから、同長官の行動には政治的動機があるとの見方もあり、当時の報道によれば、連邦議会の下院資本市場等小委員会のリチャード・ベーカー委員長は、州当局が本件に介入することに批判的であるとされた。しかし、社内メールの暴露という衝撃的な事態もあって、スピッツアー長官の動きはマスメディアの注目するところとなり、また他の州の当局も本件に同調する動きも出てきた。メリル・リンチ社が、前ニューヨーク市長のジュリアーニ氏を顧問に委嘱したことも本件のパブリシティをさらに高めることになった。このような情勢を見てか、 SECは、2002年4月末自らアナリストの利益相反問題に関し調査を開始し、主要証券会社約10社に資料の提出を求めるに至った。

ニューヨーク州司法当局とメリル・リンチ社との和解
2002年5月21日、メリル・リンチ社は、同社におけるリサーチ・アナリストと投資銀行部門との利益相反問題に関して、ニューヨーク州司法当局と和解に達した。ニューヨーク州司法当局のプレスリリース等によると、メリル・リンチ社がニューヨーク州および他49州に総額1億ドルの罰金を支払うことのほか、同社がとるべき方策として合意した事項は、概略次のとおりである。

  • アナリストの評価および報酬の査定を投資銀行業務から分離し、アナリスト予測の正確性等、投資家の利益への貢献要素に基づき行うこと。
  • 投資銀行部門およびアナリストから独立した、投資推奨を承認するためのリサーチ・レビュー委員会を新たに設置すること。
  • 司法当局との合意内容の遵守状況をモニターする者を任命すること。その任命は、司法長官の承認を得て行うこと。
  • リサーチの対象から会社を外す場合は、当該会社のリサーチの終了およびその理由を開示するためのレポートを発行すること。
  • 過去12カ月間に、同社がリサーチ対象会社から報酬を得たか、もしくは得ることになっているかどうかをリサーチ・レポートで開示すること。

この和解が発表された直後の報道によると、一方では、今回の和解について、リサーチの独立性に関する投資家の信用を取り戻すうえで重要なステップであり、アナリスト評価および報酬査定の投資銀行部門からの分離など、SECが2002年5月10日に承認したNASD、NYSEのルールよりも厳しい内容を含むとの評価があった。他方、次のような点について批判する向きもあった。

  • 当初ニューヨーク州司法長官が目指した調査部門と投資銀行部門の分離は見送られ、調査部門アナリストの投資銀行業務への参加は、一定条件下で容認されることとなったこと。
  • 今回の和解では、当初ニューヨーク州司法長官がメリル・リンチ社に求めていた、①不正行為(wrong doing)を行ったことおよび責任(liability)の存在を同社が承認するかどうか、また②損失を被った投資家のためにファンド(restitution fund)を設置すること、の2点について触れられていないこと。

調査部門と投資銀行部門との関係については、両者を分離し、投資銀行部門は独自にアナリストを有するべきであるとの批判がある一方、両部門それぞれに独自にアナリストを抱えることになれば調査コストが大幅に上昇するなど経営効率に大きな影響を与え、現実的ではない、また、全体として現在投資家に提供されている調査の水準を維持することができなくなるといった反論がなされてきた。メリル・リンチ社との和解は、これら意見の相違を踏まえたものと見られている。また、メリル・リンチ社による不正行為(wrong doing)の承認が見送られたのは、損害を被った投資家からの訴訟の続出を懸念した同社の反対があったためと伝えられる。

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