米国のミューチュアル・ファンドにおける 不正取引等を巡る問題 -今回のスキャンダルの意味と影響-

ある学者の研究によれば、ミューチュアル・ファンドの長期的投資家が被った損害は、年間にレイト・トレーデイングで4億ドル、マーケット・タイミングによって50億ドルと推定されている。これは現在残高8兆ドル近いミューチュアル・ファンド全体から見れば、それほど大きな額ではなく、あまり騒ぎ立てて、大衆投資家を畏怖させることは、かえって悪い結果をもたらすとの見解もある。
しかしながら、明らかにされた一連のスキャンダルは、ミューチュアル・ファンドの運用やその販売に当たった関係者の間で、職業倫理に違背する行為が広範囲に行われていたことを示しており、業界関係者や当局に深刻な反省を迫るものである。運用担当者にとって最も基本的な職業倫理上の義務は、信任義務であり、これは投資家の利益を最優先しなければならないという忠実義務と専門家として求められる高度の注意を尽くさねばならないという注意義務から成るとされている。短期取引を許容したことは、長期の投資家の犠牲において、一部の投資家に利益の機会を与え、その者からの投資資金を確保することにより手数料収入の増大を図ったという意味で、資産運用従事者の負う忠実義務に正面から反するとともに、顧客を公平に扱わねばならないという義務にも反していることになる。時間外取引を見逃したことについては注意義務の違反があったと言えよう。また、手数料の規定以上の徴収については、販売に当たるブローカーとファンドの双方に注意義務違反があった可能性がある。また、インセンティブの支払いについては、利益相反事項の開示義務の違反があったケースが指摘されている。
さらに、今回の事件の特徴として、極めて多数の投資家に影響を与えた広がりの大きい事件であったという点が挙げられる。ミューチュアル・ファンドは、庶民がリスク分散を図りつつ、預金金利以上の運用利回りを確保できる投資対象として人気を集め、95百万人の投資家が購入しているといわれている。昨年10月24日付のウオール・ストリート・ジャーナル紙の社説は、「本件は、史上最悪の金融スキャンダルではないかも知れないが、極めて多数の米国人のポケットから直接金を取ったという意味で特異」なケースであるとしている。
ここ数年米国ではさまざまな証券に関するスキャンダルが発生していた中で、ミューチュアル・ファンドについてはこれまで大きな事件がなく、クリーンなイメージがあり、また個人投資家が安心して投資できる対象としての評価が定着していた。それだけに、多数のファンドにおいて上記のように投資家の信頼に反する行為があったことが明らかにされた意味は大きい。アナリストの利益相反問題等に関するニューヨーク州のスピッツアー司法長官の行動については、政治的な動機があるとしてこれまで批判的であったウオール・ストリート・ジャーナル紙も、今回の違法取引の摘発については、社説において好意的な評価を与えている。
当局によって違法取引の存在が明らかにされたファンドにおいては投資家の解約が発生し、資産残高が大幅に減少したところも生じたが、株式市場の好調にも助けられて、業界全体で大きく資金が流出して混乱が生じるという事態には幸いに至っておらず一応の落ち着きを示している。しかし、今回の事件およびこれに対応して取られる当局の対策が、投資家、ミューチュアル・ファンド業界、さらには広く証券界に対し、どのような影響を与えるかを見極めるにはなお時間を要しよう。

【本稿は、『証券アナリストジャーナル』2004年2月号の「職業倫理を巡って」欄に掲載された記事を収録したものである。】

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