米国のミューチュアル・ファンドにおける 不正取引等を巡る問題-時間外取引と短期取引-

2003年9月3日、投資銀行のアナリストの利益相反問題を取り上げて有名となったニューヨーク州のスピッツアー司法長官は、ミューチュアル・ファンドを舞台としたスキャンダルを摘発したとして記者会見を行った。その内容は、ヘッジファンドの一つであるカナリー・キャピタル・パートナーズおよびその運用責任者が、バンク・オブ・アメリカ、バンク・ワン、ジャナス(Janus)およびストロング・キャピタル・マネジメントの四つのミューチュアル・ファンドにおいて違法な取引を行い、これらファンドの長期投資家に損害をもたらしたというものである。この処理のため、司法当局とカナリーおよび運用責任者との間で、30百万ドルの不当利得返還、10百万ドルの罰金の支払いを内容とする和解契約が締結された。その後、ニューヨーク州司法当局およびSECの調査が進むにつれ、ミューチュアル・ファンドにおける不正取引等が多数明らかにされて、過去3年間にわたり、証券界を揺るがす大事件であった投資銀行におけるアナリストの利益相反を巡る件に比肩するような大きな問題となった。
スピッツアー司法長官が摘発した問題は二つあった。一つは、カナリーが、時間外取引(late trade)を行ったというものである。米国のミューチュアル・ファンドにおいては東部時間の午後4時にミューチュアル・ファンドの純資産額(NAV)が算出され、その日の取引開始後4時までに注文の出された取引にはそのNAVが適用され、4時以降に出された注文は翌日の4時に算出されるNAVを適用することとなっている。ところが、カナリーは、4時以降に注文を出したにもかかわらずその日のNAVの適用を受けていた。このような取引が認められると、4時以降に、翌日の価格を上昇させるようなニュースが発生すれば、そのニュースが反映していない当日の4時の価格で買うことが可能になる。例えば、ファンドのポートフォリオに大きな割合で含まれている株式の発行会社が4時半に大幅な増益を発表した場合、そのニュースは4時に算出されるNAVには反映されていない。しかし、翌日のNAVには反映されるであろうから、5時に当日のNAVで注文を出し、翌日売り抜ければ、高い確率で利益を得ることができる。スピッツアー司法長官の表現を借りれば、「馬がゴールに入ってから馬券を買う」ことを認めるようなものである。これにより、当該投資家は、他の長期の投資家の犠牲においてファンドの値上がりの一部を自分のものにすることができることになる。このような行為は、1933年証券法、これに基づくSEC規則等により違法とされているが、これが可能であったのは証券会社は4時までに注文を受けるが、それがファンドに回されるのは4時以降になることが多く、4時までになされた注文の中に、4時以降の注文が混入されたからである。時間外取引は、その後カナリーのケース以外にもあることが判明した。

問題とされたもう一つの取引は短期売買(market timing)と呼ばれるものであり、時間外取引以上に広範なファンドで行われていることが明らかになった。これは、ミューチュアル・ファンドの価格形成の非効率性を利用した短期の裁定取引である。このような取引は、ミューチュアル・ファンドの当日価格が決定する米国東部時間4時より以前に市場の取引が終了する外国の証券を組み入れているファンドについて行われることが多い。外国の市場の取引が終了した後に、その外国の証券の価格に影響を与える出来事が発生しても、それはその日の4時に行われるNAV算出に反映されないことが多い。そのため、例えば、外国証券の価格を上昇させるような出来事についての情報を入手した投資家は、それが反映されていない、いわば古い価格でファンドを買い、翌日に外国の市場が開き、情報に反応して外国証券が値上がりし、それにつれファンドの価格も上昇した後にそのファンドを売ることにより、高い確率で利益を得ることができる。ミューチュアル・ファンドは通常このような短期の売買を行う投資家をできる限り忌避するように努めている。その理由の第一は、そのような投資資金は、ファンドにわずかの期間しか滞留せず、ファンド価格の上昇に全く寄与していないか、ほとんど寄与していないにもかかわらず、利益をかすめ取ることができ、結果として長期の投資家の利益を希薄化させるからである。第二に、短期で頻繁に流入・流出する資金が大量にあると、ファンドは純粋に運用の観点から必要とされる以上のキャッシュの保有を迫られることとなり、運用効率が低下するという問題がある。ある学者は、このような短期取引につき、「パーティーをぶち壊すお客が来るようなものだ。彼らが現れると、他のすべてのお客にいきわたる食事の量が減らされることになる。」と形容している。
このようなことから、短期の取引を防止するため、ファンドは通常、SECに登録する目論見書において、短期取引を監視し、その防止に努めるといった文言を規定しているほか、タイマー・ポリスと呼ばれる短期取引に目を光らせる担当者を置いている。しかし、当局による一連の調査によると、実際には、多数のファンドが特定の顧客に短期取引を許容していることが判明し、中には投資顧問会社の役員や従業員が自らの勘定で行っているケースもあった。短期取引それ自体は、必ずしも連邦法で違法な行為とされているわけではない。しかし、SECは、ファンドの目論見書の記載に反して密かに特定の投資家にこれを許容した場合には、投資家をミスリードしたことになり、また信任義務に基づく利益相反開示義務違反となるので、1933年証券法等に違反することになるとしている。スピッツアー司法長官は、立件した短期取引行為がニューヨーク州の一般ビジネス法違反になるとした。
短期取引は、数十年前から存在したが、拡大したのは1990年代といわれる。IT技術の進歩により、情報の収集とトレーデイングが容易になったことがその背景にあるといわれる。また401Kの発展が、個人を含む多くの投資家に短期取引を行う媒体を提供することになったことも拡大の要因といわれている。短期取引が長期の投資家の利益を損なうにもかかわらず、多くの投資顧問会社が特定投資家にこれを許容してきたのは、短期取引で利益を上げることの見返りとして、これら投資家が運用資金をその投資顧問会社に回してくれることを期待したからである。投資顧問料は、通常、管理資産額の一定と定められており、管理資産の残高の増加は、投資顧問会社の利益に直結することになる。

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