第4 個人投資家への投資情報の提供と証券アナリストの業務

  1. 米国では、これまで証券アナリストの主たる顧客は機関投資家であった。しかし、1990 年代の米国の株式ブームの過程で多数の個人投資家が株式市場に参入し、様々な形で証券アナリストの提供する情報が個人にも伝達されるようになった。2000 年の IT バブルの崩壊により、多くの個人投資家が損失を被ったが、それら投資家の一部で証券アナリストの推奨に問題があったとの声が上がったことが、米国における証券アナリスト批判の大きな背景となったとする見方もある。
  2. わが国においても、これまで証券アナリストによる情報提供の主たる相手方は機関投資家であった。また、米国に比較すると、株式市場における個人投資家の数は少なく、また、証券アナリストが発信する情報が個人に伝えられる度合いも少なかった。しかしながら、最近は次第に様々なルートを通じ証券アナリストの情報が個人投資家にも伝えられるようになってきている。インターネットを通じてアナリスト・レポートへの個人によるアクセスを可能としている証券会社も現れている。経済構造改革の一環として株式市場への個人金融資産の誘導が進められているときでもあり、今後証券アナリストと個人投資家との関係をどう考えるべきかは重要な課題である。基本的には、証券アナリストが個人投資家への情報提供に貢献するようになることは望ましいことであると考える。ただ、その際機関投資家と個人投資家とでは以下のように情報の受け止め方に差があることについての認識が必要であり、 その点に留意していないと思わぬ批判を招く恐れもある。
  3. 機関投資家は、証券アナリストの提供する情報に対し同じ投資の専門家としての立場から常に批判的に検討を加え、また同一の会社につき複数の証券アナリストから情報を入手し総合的に検討しており、個々のレポートは最終的に投資判断を下す際の一つの材料として位置付けている。アナリスト・レポートにおける株価レーティングを参考とする場合にも、レーティング自体のみならず、それにいたるまでの業績予想、分析手法、判断根拠、論理展開を総合的に判断材料とする。また、同じ投資の専門家として、証券アナリストの業務、表現の意味するところなどにつき共通の理解を暗黙のうちに有している。これに対し、個人投資家はいわば白紙の状態で証券アナリストの情報に接することが通常であり、アナリスト・レポートについても長いものや記述が専門的で複雑なものであれば、株価レーティングのみを見るというケースも多いと思われる。
  4. 証券アナリストが提供する情報が個人投資家に流れるルートは、(1)機関投資家を想定したこれまでのタイプのアナリスト・レポートに個人もアクセスするようになる場合と、(2)個人投資家向けに別に作成されたものが提供される場合との二つがあろう。

(1)機関投資家を想定したこれまでのタイプのアナリスト・レポートにアクセスする個人投資家は、恐らく投資経験豊かな洗練された投資家であろう。したがって、個人によるアクセスの可能性が増すという点を考慮しても、レポート作成に当たっての基本的な考え方を変更する必要はないと思われる。ただ、個人もアクセスする可能性が高まっていることにできるだけ留意することが望まれる。専門家同士でなければ分かりにくい表現や曖昧な言い回しは、避ける努力が求められる。事実と意見の区分についても従来以上の注意が求められる。また、さらに精度の高いレーティングの付与に努めるべきである。

(2)多くの場合、個人投資家を想定した情報提供を行うときには、機関投資家向けとは別の資料等が作成されると思われる。この場合には、次のような点を考慮することが望まれる。このうち、いくつかについては証券アナリストの所属する証券会社における管理者の所要の措置が必要であるので、その配慮をお願いしたい。

イ. 証券会社の中には、個人投資家向けに機関投資家向けのアナリスト・レポートを要約したものを作成しているところがある。このような場合は、元のレポートにおける証券アナリストの見解が適切に要約され、ポイントがずれることがないよう十分な注意が求められる。

ロ. 証券会社によっては、証券アナリストが初めから個人投資家を想定したレポートを作成しているところもある。そのような場合には、(1)で述べたような点のほか、例えば株価レーティングについても、その区分や記号をできる限り分かりやすくするとともに、定義は常に明確にするといった配慮が必要である。

ハ. 個人投資家については、特に投資の適合性への配慮が重要である。したがって、投資推奨等の対象となっている証券、特に複雑な仕組みの新しい金融商品については、リスクを含め商品特性が十分理解できるよう情報を提供するという姿勢が必要である。

ニ. 米国では証券アナリストが初めて発行会社を担当するとき、その会社の概略を理解できるようベーシック・レポートを書くことが多いが、個人投資家を想定し分かりやすさを念頭に置いた上で同様の趣旨のものを作成するといったことも考慮されるべきであろう。

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