タスクフォース報告
「フェア・ディスクロージャー・ルール・タスクフォース」メンバー名簿
平成28年12月7日現在
座長 | 黒沼 悦郎 | 早稲田大学法学学術院教授 |
メンバー | 青 克美 | (株)東京証券取引所執行役員兼上場部長 |
上柳 敏郎 | 弁護士(東京駿河台法律事務所) | |
大崎 貞和 | (株)野村総合研究所主席研究員 | |
奥野 一成 | 農林中金バリューインベストメンツ(株)常務取締役(CIO) | |
加藤 貴仁 | 東京大学大学院法学政治学研究科准教授 | |
神山 健次郎 | 東レ(株)IR室・広報室・宣伝室担当兼IR室長 | |
神作 裕之 | 東京大学大学院法学政治学研究科教授 | |
康 祥修 | モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメント(株)取締役会長 | |
三瓶 裕喜 | フィデリティ投信(株)ディレクター・オブ・リサーチ | |
寺口 智之 | 日本証券業協会 自主規制会議 会員委員(野村證券(株)代表執行役) | |
永沢 裕美子 | Foster Forum 良質な金融商品を育てる会事務局長 | |
真野 雄司 | 三井物産(株)IR部長 | |
柳澤 祐介 | 東京海上アセットマネジメント(株)株式運用部長兼投資調査グループリーダー | |
オブザーバー | 日本証券業協会 |
(敬称略・五十音順)
金融審議会 市場ワーキング・グループ
フェア・ディスクロージャー・ルール・タスクフォース報告
投資家への公平・適時な情報開示の確保のために
1.発行者による公平な情報開示を巡る状況
我が国では、発行者による適時の情報開示を求めるルールとして、金融商品取引法による臨時報告書制度及び証券取引所規則による適時開示制度が整備されている。一方で、公表前の内部情報を発行者が第三者に提供する場合に当該情報が他の投資家にも提供されることを確保するルール(フェア・ディスクロージャー・ルール、以下「本ルール」という。)は置かれていない。
こうした中、近年、発行者の内部情報を顧客に提供して勧誘を行った証券会社に対する行政処分の事案において、発行者が当該証券会社のアナリストのみに未公表の業績に関する情報を提供していたなどの問題が発生している。
欧米やアジアの主要国では、本ルールが整備されており、例えば、米国においては、「有価証券の発行者が、当該発行者又は当該有価証券に関する重要かつ未公表の情報を特定の情報受領者に対して伝達する場合、意図的な伝達の場合は同時に、意図的でない伝達の場合は速やかに、当該情報を公表しなければならない」というルールが置かれている。
また、欧州(EU)においては、「発行者は、発行者に直接関係する内部情報をできる限り速やかに公衆に開示しなければならない」という原則規定を置くとともに、有価証券の発行者が、内部情報を第三者に開示する場合について、米国と同様のルールが置かれている。
(注)「重要な情報」及び「発行者に直接関係する内部情報」
- 米国証券取引委員会(SEC)のガイダンスによれば、「重要」とは、「合理的な株主が投資判断に際して重要と考える相当の蓋然性があること」とされている。
- EU の市場阻害行為規則によれば、「発行者に直接関係する内部情報」とは、「発行者又は金融商品に直接又は間接に関係する未公表の確定的(precise nature)な情報であって、公表されれば金融商品の価額に重要(significant)な影響を及ぼす蓋然性があるもの」とされている。
2.本ルール導入の意義
このような状況を踏まえれば、我が国市場において、個人投資家や海外投資家を含めた投資家に対する公平かつ適時な情報開示を確保し、全ての投資家が安心して取引できるようにするため、本ルールを導入すべきである。
また、同時に、本ルールの導入には、以下のような積極的意義があると考えられる。
- 発行者側の情報開示ルールを整備・明確化することで、発行者による早期の情報開示を促進し、ひいては投資家との対話を促進する
- アナリストによる、より客観的で正確な分析及び推奨が行われるための環境を整備する
- 発行者による情報開示のタイミングを公平にすることで、いわゆる「早耳情報」に基づく短期的なトレーディングを行うのではなく、中長期的な視点に立って投資を行うという投資家の意識変革を促す
本ルールの整備・運用にあたっては、これらの意義が活かされるよう、留意していく必要がある。
3.本ルールの具体的内容
(1) 本ルールの対象となる情報の範囲と運用・エンフォースメント
①本ルールの対象となる情報の範囲
本ルールは、公平かつ適時な情報開示に対する市場の信頼を確保するためのものであることから、欧米の制度と同様に、投資判断に影響を及ぼす重要な情報を対象とすることが適当である。
対象となる重要な情報の範囲を検討するに当たっては、本ルールの適用に際して、
- 発行者が、本ルールを踏まえて適切に情報管理することが可能となるようにするとともに、
- 情報の受領者である投資家においても、発行者から提供される情報が本ルールの対象となるかどうかの判断が可能となるようにし、本ルールの対象となると思料する場合には発行者に対して注意喚起できるようにする
ことで、発行者と投資家の対話の中で何が重要な情報であるかについて、プラクティスを積み上げることができるようにすることが望ましい。
このため、具体的な情報の範囲としては、インサイダー取引規制の対象となる情報の範囲をベースとすることが考えられる。その際、近年の証券会社への行政処分の原因となった事例を踏まえると、例えば、公表直前の決算情報であれば、機関決定に至っていない情報や軽微基準の範囲を超えない情報であっても、投資者の投資判断に影響を及ぼす重要な情報となる場合があり得ると考えられるため、こうした情報を全て対象から外してよいかという問題がある。
したがって、本ルールの対象となる情報の範囲については、インサイダー取引規制の対象となる情報の範囲と基本的に一致させつつ、それ以外の情報のうち、発行者又は金融商品に関係する未公表の確定的な情報であって、公表されれば発行者の有価証券の価額に重要な影響を及ぼす蓋然性があるものを含めることが考えられる。
なお、工場見学や事業別説明会で提供されるような情報など、他の情報と組み合わさることによって投資判断に影響を及ぼし得るものの、その情報のみでは、直ちに投資判断に影響を及ぼすとはいえない情報(いわゆるモザイク情報)は、本ルールの対象外とすることが適当である。
② 本ルールの運用・エンフォースメント
発行者と投資家との対話を促進するためには、発行者による積極的な情報提供が行われることが重要であり、そのための環境整備を行っていくことが重要な課題となっている。
本ルールに抵触した場合の対応についても、発行者にまずは情報の速やかな公表を促し、これに適切な対応がとられなければ、行政的に指示・命令を行うことによって、本ルールの実効性を確保することが適当である。
(2) 本ルールの対象となる情報提供者の範囲
本ルールは、発行者に対して、公平かつ適時な情報開示を求めるものであることから、本ルールの対象となる情報提供者の範囲については、発行者の業務遂行において情報提供に関する役割を果たし、それに責任を有する者に限定することが適当である。
具体的には、発行者の役員のほか、従業員、使用人及び代理人のうち、後述の情報受領者へ情報を伝達する業務上の役割が想定される者に限定することが適当である。
(3) 本ルールの対象となる情報受領者の範囲
本ルールは、発行者による公平かつ適時な情報開示に対する市場の信頼を確保するためのルールであり、また、金融商品取引法が資本市場に関わる者を律する法律であることも踏まえると、本ルールの対象となる情報受領者の範囲は、有価証券の売買に関与する蓋然性が高いと想定される以下の者とすることが適切である。
- 証券会社、投資運用業者、投資顧問業者、投資法人、信用格付業者などの有価証券に係る売買や財務内容等の分析結果を第三者へ提供することを業として行う者、その役員や従業員
- 発行者から得られる情報に基づいて発行者の有価証券を売買することが想定される者
(4) 公表を必要としない情報提供
発行者が行う様々な事業活動の中においては、例えば、証券会社に資金調達の相談をする場合など、本ルールの対象となるような情報提供を正当な事業活動として行うことが必要な状況が想定される。この際には、当該情報受領者が発行者に対して、当該情報につき、
- 第三者に伝達しない義務(守秘義務)、及び
- 投資判断に利用しない義務
を負っていれば1、市場の信頼が害されるおそれは少ないと考えられる。そこで、本ルールの対象となる上記(3)に掲げる者への情報提供であっても、当該情報受領者が発行者に対して上記の義務を負っている場合には、公表を必要としないこととすることが適当である。
上記の情報受領者が、守秘義務に違反して当該情報を他者に伝え、その伝達の事実を発行者が把握した場合、EU では、情報の秘密性が保たれていないことを理由として、発行者に情報の公表義務が課されている。一方、米国では、そのような場合に、発行者には情報の公表義務は課されていない。
本ルールが公平かつ適時な情報開示に対する市場の信頼を確保するためのものであることを踏まえれば、上記(3)に掲げる者への情報提供を行 った際にはこの情報受領者が守秘義務を負うことから公表を行わなかったが、その後、この情報受領者が守秘義務に違反して、上記(3)に掲げる者に該当する守秘義務等を負わない他者に情報を伝達したことを発行者が把握した場合には、本ルールに基づき発行者に情報の公表を求めることが考えられる。
(5) 情報の公表方法
情報の公表方法については、発行者による速やかな公表や個人投資家等のアクセスの容易性といった観点を踏まえ、法定開示(EDINET)及び金融商品取引所の規則に基づく適時開示(TDnet)のほか、当該発行者のホームページによる公表を認めることが適当である。
(6) その他
本ルールの導入に当たっては、ルールの趣旨についての関係者への啓発活動を行うなど、発行者による早期の情報開示を促進し、ひいては発行者と投資家との建設的な対話を促進するとの意義が果たされるような環境整備を行っていくことが重要である。
1 例えば、銀行や投資銀行業務を行う証券会社など、法令や別途の契約などにより発行者に対して守秘義務等を負う場合については、改めて守秘義務契約を書面で締結する必要はないものと考えられる。