証券アナリストジャーナル賞
論文審査の経緯ならびに結果について(論文審査委員会報告)
証券アナリストジャーナル編集委員会
委員長 加藤 康之
1.論文審査の経緯
今次の証券アナリストジャーナル賞の対象は、2022年4月号から2023年3月号に掲載された論文およびノート、計52編であった。編集委員会では、これらについて、(1)独創性、(2)論理の展開力、(3)実務への応用性、の三つの審査基準に着目して、以下の3段階にわたる審査を経て、受賞作の選定を行った。なお、編集委員およびモニターが執筆した論文(共同執筆を含む)は、慣例により本賞の対象外としている。
第1段階: 編集委員(30名)とモニター(7名)が書面により1~2編の論文を受賞候補として推薦(2023年3月に実施)。
第2段階: 4月14日に予備審査委員会(編集委員長、小委員長、学者委員の計7名で構成)を開催、第1段階において3名以上の委員・モニターから推薦のあった11編の論文につき精査し、受賞論文を予備選定。
第3段階: 5月12日に全編集委員による審査委員会を開催、予備審査委員会において絞り込まれた受賞候補論文を中心に最終審議を行い、受賞作を決定。
2.論文審査の経緯
今回の選定では、以下の4編が最終候補に残った(掲載順)。
- 2022年6月号「上場子会社の実証分析―上場子会社の上場維持の動機―」川本真哉氏
- 2022年8月号「東京株式市場におけるカーボンプレミアム」五島圭一氏・八木厚樹氏
- 2022年10月号「企業の情報開示と株式の市場流動性―記述定性情報のケース―」田中研人氏・ 木村遥介氏・中田和秀氏・井上光太郎氏
- 2022年10月号「東証市場再編と経営者の利益調整行動」岡田立子氏
いずれも力作であったが、最終的に次の2編を受賞論文として選定した(掲載順)。
- 2022年8月号「東京株式市場におけるカーボンプレミアム」五島圭一氏・八木厚樹氏
- 2022年10月号「東証市場再編と経営者の利益調整行動」岡田立子氏
双方とも、手堅い分析に加え、タイムリーで読者層の関心が高いテーマを扱ったことが審査委員の 評価を高くした。
選考結果(1) 五島圭一、八木厚樹 (2022年8月号)
「東京株式市場におけるカーボンプレミアム」(717KB)
選定理由
五島・八木両氏の論文は、GHG排出量と株式リターンとの関係という注目度の高いテーマを扱っている。
筆者は、2021年のBolton&Kacperczykによる米国市場に関する先行研究を踏襲しており、株式リターンをGHG排出量指標とコントロール変数を用いて回帰分析し、その関係を検証している。本論文の貢献は、
GHG排出量の高い企業が株式リターンに負のプレミアムをもたらすことを明らかにしたことである。
この結果は米国市場とは異なる傾向を示しているが、市場間の比較ができて興味深い。
本論文では米国市場の先行研究と同様な方法論を採用しているため、日米市場に相違をもたらす要因の解明が期待されるが、今回はそこには立ち入っていない。今後の研究課題として残されている。
なお、算出されたプレミアムに対してFama-MacBeth回帰により他のファクターの影響を考慮した分析やGHG排出量を利用したロング・ショート戦略のパフォーマンス分析を追加することにより分析結果の頑健性を高めている。また、GHG排出量のデータソースとしてCDPとディスクロージャーの双方を利用しており、範囲もSCOPE1、2、3までを対象にしている。使えるデータを広く活用していることは評価できる。
しかし、筆者らも指摘しているようにGHG排出量のデータソースの相違によって結果が異なることには留意する必用がある。基準が明確でない非財務データを使う分析ではデータが適切かどうかがきわめて重要な問題になる。さらなる研究ではデータの適切な選択と精査を期待したい。
選考結果(2) 岡田立子 (2022年10月号)
「東証市場再編と経営者の利益調整行動」(548KB)
選定理由
岡田氏の論文は、2022年に行われた東証市場再編と企業経営者の利益調整行動というタイムリーで投資家にとって関心の高いテーマを扱っている。市場再編で最も注目されたのは最上位区分であるプライム市場への新規上場企業である。市場第二部、マザーズ、JASDAQ企業がプライム市場を選択する場合、新規上場基準には利益に関する条件がある。
一方、東証第一部上場企業がプライム市場上場を維持するための基準には利益に関する条件がない。筆者はこの上場基準の二重性に着目した。そして、双方の母集団において利益が新規上場基準の閾値に近い企業群を選び出し、双方における企業の利益調整行動へのインセンティブの相違を検証した。
その結果、プライム市場に新規上場したい企業は利益増加型調整行動を取った一方、東証第一部上場企業では同様な行動を取らなかったことが観測された。本論文の貢献は、プライム市場の上場基準の相違という要因が企業に異なる行動を誘引したことを明らかにした点であり、重要な示唆を与えている。分析では因果関係を明らかにする差分の差分分析を利用して利益調整を行ったかどうかを判定している。オーソドックスな方法であるが手堅く分析している。
さらに、ロバストネスチェックや誤差の影響の検証なども行い、検証精度を高めていることは評価できる。
なお、この利益調整行動を取った企業の事後検証もあればさらに参考になろう。
今後の課題として期待したい。