発行会社の証券アナリストに対する見方・意見-発行会社からのヒアリング概略-

平成15年5月20日 社団法人 日本証券アナリスト協会 常務理事 天野 俊彦

協会事務局では、今般、協会の施策を立案する上での参考とするため、証券アナリストの業務にとって重要な関係者である発行会社からヒアリングを行いました。質問した項目は、証券アナリストへの対応、証券アナリストに対する見方・意見、フェア・ディスクロージャーへの対応、協会に対する要望などです。本稿では、これらのうち、証券アナリストに対する対応、証券アナリストに対する見方・意見の二項目について、回答の概要を紹介することとしました。その理由は、これらが、今後、会員が発行会社との関係を考えていかれる際に、参考になると思われたためであります。証券アナリストが担当する発行会社との関係でまず留意することが求められるのは、当協会の職業行為基準8.(3)に規定されているように、独立性と客観性の維持であります。その趣旨は、投資銀行業務の顧客ないし見込み顧客であるからといって、評価に遠慮や偏りがあってはならず、経営者とのミーティングの機会を数多く持つことや、IR部門からの情報提供の便宜を期待して、評価が影響されるようなことがあってはならないというものであります。証券アナリストは、発行会社との間にあくまでも適正な距離を置くことが求められ、両者間に良い意味での緊張関係があることが不可欠と言えると思われます。

しかしその一方で、証券分析業務を円滑に行っていくためには、証券アナリストと発行会社との間にできる限り信頼関係が確立され、適切なコミュニケーションが行われる状況にあることが望ましいと思われます。このためには、発行会社に対し証券アナリストの業務の意義につき理解を求め、協力を要請する一方で、証券アナリストも発行会社の意見や希望に耳を傾け、それらに理由があり、また独立性・客観性に影響を与えないものである場合は、できるだけ尊重し、改めるべき点は改めていくという努力も必要と考えられます。

こうした観点から、ヒアリングの概要を、以下にお知らせすることとした次第です。ただここでは発行会社から見て、改善が望まれるとされた事項を中心に論述しましたので、それだけを見た場合、証券アナリスト側に多くの問題があるとの印象を与えるかもしれません。しかし、ヒアリング結果を全体として見ると、発行会社は証券アナリストの業務の意義を理解し、日々接している証券アナリストの活動について好意的評価をしており、証券アナリストと発行会社の間は、総じて良好な関係にあるとしています。下記に問題として指摘された事項も多くの場合ごく一部の証券アナリストについて見られるとされたものです。しかし、一部に見られる問題とされたものであっても、今後の参考となると思われる指摘は幅広く取り上げることとしました。なお、今回ヒアリングを行ったのはメーカー、サービス、金融など幅広い業種にわたる16社です。

1. 証券アナリストへの対応
今回ヒアリングを行った発行会社は、近年IR活動の充実を図ってきている。いずれも専担の IR部門を設けていることに加え、優秀な人材が配置されているとの印象を受けた。幾つかの会社のIR担当者は、当協会の検定会員の資格を有しており、その中には業務で接触する証券アナリストと専門的知見で対等に渡り合えるよう検定会員資格を取得したと述べた担当者もいた。各社とも、証券アナリストをIR活動の最も重要な対象と位置付け、情報提供、応接、工場見学等の対応を充実させるよう努めている。
証券アナリストは、投資に関するプロフェッショナルとして発行会社を評価しているわけであるが、その一方で、会社側もIRのプロフェッショナルとしての目で証券アナリストの専門家としての能力や作成されたレポートの質を評価しているという関係にある。そういう意味では、発行会社のIR体制の充実に伴い、証券アナリストはこれまで以上にプロフェッショナルとしての自覚と能力の向上が求められることになるのではないかと思われた。
近年、フェア・ディスクロージャーが重視されるようになったこともあり、各社とも情報提供につき証券アナリスト間で不公平が生じないよう努めているとしている。しかし、取材の頻度や証券アナリストの経験の差により結果的に提供する情報に差が生じてしまうことはあり得るし、やむを得ないと述べるところが多かった。
各社は、経営者自ら、あるいはIR担当者を通じて、決算説明会等定期的な情報提供の機会、 随時の証券アナリストの個別取材あるいは機関投資家とのミーティングなどさまざまな場を利用して市場への情報発信を行っている。このような情報発信の機会は中堅企業でも年間で数百回に及ぶとのことである。また、一昨年以降、フェア・ディスクロージャーを推進する観点から、文書による情報提供に加え電子媒体による情報開示にも力を入れている。
会社からの情報発信に努める一方で、IR担当者は、公表されたその会社についてのアナリスト・レポートをチェックし、誤りがないか確認するとともに、レポートに示された証券アナリストの見解を経営陣にフィードバックすることを重要な任務としている。このため、取材に来た証券アナリストには、作成したレポートの公表後、それを送付してくれるよう求めている。しかし、証券アナリストが取材への協力を求めながら、レポートの公表後送付してくれない場合があるとの声がかなりの数の会社からあった。また、株価レーティングを維持・引き上げたときは送ってくれるが下げたときは送ってこないという声もあった。近年、情報ベンダーが電子媒体により、アナリスト・レポートの内容を機関投資家などに有料で提供しているので、これを利用してレポートのフォローをしている会社もあったが、コストとの関係から利用していないとしているところもあった。取材に協力を求めた場合は、レポートの公表後、それを送付するよう努めることが望ましいと思われる。そうすることが会社との間で継続的な信頼関係を作る上でプラスになると同時に、万一レポートに誤りがあった場合に速やかにそれを訂正する 機会もつくることになるのではないかと思われる。

2. 証券アナリストの評価に対する対応
ヒアリングの対象のすべての発行会社が、レポートにおける自社の評価自体についてはコメントしたり、クレームを申し入れることはしない方針を取っていると述べた。かつては、自社の評価に対して不満がある場合、レポートを執筆した証券アナリスト本人やその所属会社の引受部門等にクレームを付けるケースも少なからずあったといわれるが、企業のIRの重要性に対する認識が深まるとともに、発行会社の考え方も変化しつつあることがうかがえた。証券アナリストを「自社の鏡」、「経営に対する問題提起者」、「市場の声の代表」、「業界について幅広い情報を持つ頭脳集団」等と形容しているところがあり、大部分の会社がネガティブな評価であっても経営判断の材料として生かすよう努めていると述べていた。
このように評価自体については介入しないとの方針を示しつつも、一方で主幹事を選ぶときはどうしてもポジティブな評価をする証券アナリストの所属会社からということになりやすいとか、自社ではそのようなことはないが同業の他社ではネガティブな評価をする証券アナリストを冷遇しているところがあると述べた会社もあり、証券アナリストがネガティブな評価を行うことに対する圧力がなくなったと言うのは早計であると思われる。しかし、トレンドとしては発行会社の意識はかなり変わりつつあるとの印象を受けた。当協会としては上記のような発行会社の意識の変化を歓迎しつつも、ネガティブな評価も忌避せずに受容することがその企業にとっても、また資本市場にとってもプラスであることに理解を求め、証券アナリストの独立性を尊重するよう引き続き主張していきたいと考えている。

3. レポートにおける表現の問題
幾つかのヒアリング先から証券アナリストの発行会社に対する評価自体ではなく、そのレポート上での表現が不適切で、不快と感じるケースがときにあるとの指摘があった。しかし、そのような場合でも、表現は評価そのものと深くかかわるため、評価にクレームを付けたと受け止められることを懸念し、それを申し立てないとしているところが多かった。
会員が、綿密な調査・分析に基づき、合理的かつ十分な根拠を持って、発行会社にネガティブな評価を下した場合は、それをそのままレポートに記述することは当然であって、何らかの配慮からちゅうちょしたり、遠慮をすることは証券分析業務の独立性・公正性を損なうこととなる。しかし、その評価の記述に不適切、不用意な表現があった場合には、評価結果と表現されたものとの間にそごを生じることがあり、投資家に対して正確に当該証券アナリストの判断が伝わらない恐れがあるほか、発行会社との間で無用の摩擦を生ずるといったこともあり得るので、記述の際の表現にはできる限りの注意が望まれると言えよう。この点については、規律委員会が平成15年5月20日に公表した執務参考資料「アナリスト・レポート作成の際の留意事項」を参照されるようお願いしたい。

4. 取材などにおける言動
証券アナリストが取材に訪れた際の言動については、紳士的であり、特に問題があるケースは経験していないとする発行会社が大部分であった。ただ一部の会社から、ごく少数の証券アナリストついての例であるとしつつ、以下のような話があった。

  • 投資家を代表しているとの意気込みが強過ぎるせいか、証券アナリストが要求する情報を会社が出すのは当然であるという態度を取る人がいた。
  • 公開の席上で、ある証券アナリストが経営トップを相手に強い調子でその経営方針を論難し、 経営はかくあるべしと主張したことがあったが、議論を行う場合でも相手方に対する相応の敬意は表するべきであるし、また多数の要素が複雑に絡む経営のあり方について一方的に自分の考えを主張するのはどうか。
  • 個別取材において、会社から話を引き出したいために故意に挑戦的な話し方をしているという印象を受けたことがあった。

5. データの提供に伴う問題
多くの発行会社から、証券アナリストへの対応において最も紛議を生じやすいのは求められたデータの提供を断った場合であるとの話があった。会社側としては、できるだけ要望に応じるよう努めているが、以下のような場合は提供を断ることがあるとするところが多かった。
第一は、会社の方から見るとどのような意味があるか分からない細かいデータを要求していると考えられる場合である。第二は、競争相手の会社に伝わった場合にビジネス上の不利を招く恐れのある場合である。
第一の場合には、証券アナリストの立場からすると、そのデータを求めることに意味があるかも知れないので、なぜ必要なのかを説明してほしいとの要望があった。その説明に対しさらに会社が意見を述べるということで対話を深めていく結果、会社が納得する場合もあるし、逆に当該証券アナリストの分析手法に問題があることが明らかになるケースもあり得るので、両者にとって生産的であるとのことであった。

6. 業界出身の証券アナリストに対する要望
かつては、証券アナリストの大部分は証券会社や資産運用業界の出身者であったが、今回のヒアリングによれば多くの業種において、その業種ないしそれに関連の深い業種出身の証券アナリストが登場している。このような業界出身の証券アナリストについては、専門的知識の深さや経験に基づく独特の分析の視角などを評価する声があったが、その一方で、多くの会社から、そのような証券アナリストがレポートを執筆する際には、かつて勤務した会社の情報につき守秘義務を守るよう十分な注意が求められるとの指摘があった。
このような業界出身の証券アナリストの方におかれては、業界で習得した専門知識に加えて、 投資理論、財務会計、経済学等の知識を充実して視野を広げるために、また証券アナリストとしての職業倫理を学ぶためにも、当協会の証券アナリスト試験を受けていただくことが望ましいと考える。

7. 取材とレポートの執筆
各発行会社とも、自社に関するレポートを作成する際には、十分な取材をすることを要望している。レポートを作成するときはほとんどの証券アナリストはそのための個別取材に訪れるが、全く取材なしにネガティブなレポートを書かれたことがあるとする会社が若干あった。このように取材がないか、取材があっても、それが不十分な場合には、事実関係の誤りが生じやすく、また理解不十分なレポートが作成されることになりやすいとの指摘が多くの会社からあった。
また、一部の会社から、取材の以前から先入観に基づき、レポートのストーリーないしシナリオを決めており、それを裏付けるために組み上げた質問を行っているのではないかとの印象を受ける場合があるとの指摘があった。
また、日ごろ証券アナリストから会社にとって悪い情報こそ積極的に出すべきだと言われているので、業績が悪化し株価が下落したとき説明のため情報を提供しようとしても、株価が高いときに比べると取材に訪れる証券アナリストが大幅に減少してしまうとの指摘があった。

8. 事実関係の誤りとそれに対する対応
自社に関するレポートにおいて、数字などの事実関係について間違いがあったケースがあると述べた会社がかなりあったが、大部分が小さなミスでレポート全体に影響するものではなかったとしている。しかし、若干の会社からは、評価に影響するような事実関係の誤りがあり、 訂正を申し入れたことがあるとの話があった。また、一部の会社から、数値の誤りを指摘したのに訂正に応じなかった、数値の訂正はしたが、会社から申し入れがあったので訂正したとの説明を付し、自らのミスではないかのごとき印象を与えたケースがあったとの指摘があった。 会社側が事実の誤りであるとする場合も、実績数字の誤り等客観的で明確な誤りである場合と、 分析過程や分析結果の評価にかかわる見解の相違の場合とがあり得るので一律には論じられないが、客観的で明確な誤りについては、訂正が要望された場合は、速やかに対応する必要があると思われる。

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