3. その他留意することが望まれる事項

投資家をミスリードしない観点や、証券アナリストとしての社会的信用を維持していくという観点からの留意事項としては、さらに次のような点が考えられる。

(1) 美辞麗句は避けることが望ましい。レポートの記述は、データの提示と論理を積み重ねて行うべきであり、修辞的な技巧に頼るのは望ましくないからである。

(2) 証券アナリストが過去に行った投資情報の提供・投資推奨につき的中した事例をことさら強調した記述は、投資家の判断に予断を与えかねないことから慎重さが必要と考えられる。

(3) 近年、レポートでポジティブな評価を行う場合でも、リスク・ファクター(想定した予想を覆す可能性のある要因)を記述するものが増えている。これは、機関投資家にも参考になるが、それ以上に近年アナリスト・レポートにアクセスする機会が増大している個人投資家が投資判断を行うに際しても、有益な情報になる。また、さまざまのリスク・ファクターを想定し、それに対する説明を記述することは、アナリスト自身が、自らの予測の確度についての検討を深めるという意義もある。このような点を考えると、今後はリスク・ファクターの記述をできるだけ行っていくことが望ましいと思われる。

(4) 外資系の証券会社では、記述を避けるべき事項として、レポート対象の会社にかかわる訴訟の勝敗の予測を挙げているところが多い。わが国でも発行会社にかかわる訴訟案件は多く見られており、それらの勝敗の予測については慎重な姿勢で臨むことが適当と考える。

(5) 証券アナリストは、健全な常識をもって行動し、社会的信用を維持するという観点から、レポートの作成に当たっては、表現等につき十分な注意を払うことが望まれる。
レポートにおいて、特定の個人、団体等をひぼう・中傷するなどはあってはならない。また、政治や宗教に関し自己の主張を行うことは避けるのが望ましい。ストラテジスト等が、世界経済の将来を論ずる等の際に要素の一つとして政治的要因等を取り上げることが必要になる場合もあろうが、その際は証券分析業務の対象として客観的に論じるべきである。

(6) 社会との関係の一環として、発行会社に対しても健全な常識に基づく対応が必要である。証券アナリストは発行会社の評価を専門的知識・技能と自らの良心に基づき行うべきで、その結果ネガティブな結論が出た場合でも、当該会社に遠慮することなくこれをレポートに記述するのが当然である。しかし、記述に当たっては、論理的で、冷静であるように努めるべきで、不適切な表現をしたために発行会社との間で無用の摩擦を生ずるというようなことにならないよう注意が望まれる。
発行会社についての評価、特にネガティブな評価を記述する場合の具体的な注意点としては、例えば以下のようなものが挙げられよう。

a. 発行会社を形容する言葉の選択に当たり、言葉自体に明らかな評価の意味合いが含まれているものは、その使用につき慎重な姿勢で臨むことが望ましい。例えば、ネガティブな意味が強い言葉を使用した場合は、本来データと論理に基づき冷静にまた客観的に行われるべき投資家の投資判断が、言葉自体の発するイメージによって影響される危険があるためである。

(例)「業界の負け組」、「業界の最弱事業者」、「業界の劣位企業」といった表現は、適当でない場合が多いと思われる。また、業界の中で A 社の市場シェアが非常に大きく、シェア 2 位の B 社、3 位の C 社以下の企業との格差が大きい場合でも、「業界の大企業である A社に対し中小事業者である B社、C 社以下は…」といった表現は文脈によっては適当でないように思われる。

また、発行会社をポジティブに評価する場合は、会社との間で摩擦を起こすことはないかもしれないが、誇大な表現は投資家をミスリードする恐れのあることは前記 2.(2)イでも述べたとおりである。

b. 上記の点と関連するが、同一業界の複数の会社を比較し、投資対象としての優劣を論じる場合は、比較の根拠となる基準(ベンチマーク)又は優劣を裏付ける具体的事由をはっきり示すことが必要と思われる。例えば、優劣関係が売上高で見た場合なのか、収益力で見た場合なのか、あるいは複数のベンチマークから総合的に見た場合なのか等を明確にさせる必要がある。

(例)「業界の下位企業である A 社は」と単に表現するのは適当でなく「売上高で見て下位にある A 社は」というようにベンチマークを示すことが必要である。同様に「A 社の経営は B 社に比し何周も遅れている」とだけ表現するのは不十分であり、どのような視点で見ると具体的にどのような差があるのかを明確に述べることが望ましい。

c. アナリスト・レポートのタイトル又は見出しの文章において、投資家の目を引く意図からセンセーショナルな表現をすることは、避けることが望ましい。それは、投資家のミスリードにつながる危険があるだけでなく、客観性を持ってその会社の情報を投資家に伝えているかどうかにつき、発行会社にも疑念を抱かせ信頼関係を損ないかねないからである。

d. ある特定の会社が倒産した場合あるいは合併した場合というような仮定のケースについて記述することは、たとえ仮定と断っても、その証券アナリストが倒産や合併の蓋然性が相当程度あるとの判断をしているとの印象を与える可能性があり、思わぬ市場の反応を招きやすいので、できるだけ避ける方が無難であろう。その業界の分析を行う上で、特定の会社が倒産して市場から退出するケースや、その会社が合併の対象になるケースをシミュレーションすることがどうしても必要という場合は、あくまでシミュレーションのための仮定であって、倒産や合併の蓋然性につき当該証券アナリストが予断を持っていないことを明確に示すなど表現に細心の注意を払うことが望まれる。

e. 会社分析を行うに当たり当該会社の経営について論じる場合は、あくまで経営自体を客観的、論理的に分析して行うべきであり、経営者のプライバシーや人格に踏み込んだ記述は避けねばならないと考えられる。また、証券アナリスト個人と経営者の関係を記述することも避けることが望ましい。

(例)「社長のカリスマに期待している」、「自分は社長と十年以上の知己であり、 かねがねその人格識見を高く評価している。」などの記述は避けることが望まれる。

 

【 補記 】

日本証券業協会の「協会員のアナリストによる発行体への取材等及び伝達行為に関するガイドライン」(平成28年9月制定)において規定された「未公表情報をアナリスト・レポートの公表等により伝達する場合」の留意事項及び考え方(抜粋)を参考までに記載する。

<留意事項>

発行体から取得した未公表情報のうち公開・公知となっていないもの又は当該未公表情報を基にした個別企業の分析、評価等を記載したアナリスト・レポートを公表等する場合は、規則及び規則の考え方に示す取り扱いをしなければならない。

<考え方>

  • 発行体から取得した未公表情報のうち公開・公知となっていないものが法人関係情報又は将来法人関係情報になる蓋然性が高い情報である場合は、当該情報及び当該情報に基づく分析、評価等をアナリスト・レポートに記載してはならない。
  • 未公表の決算期の業績に関する情報は、「3.アナリストによる発行体からの情報取得に関する留意事項について」の「①アナリストによる「未公表の決算期の業績に関する情報」の発行体への取材等について」で示すとおり、重要情報に該当する、もしくはそれを内包する、又は他の情報との組み合わせにより重要情報となりうる情報であるおそれが高いと考えられる。
  • 上記のとおり、当該情報が法人関係情報又は将来法人関係情報になる蓋然性が高い情報に該当する、もしくはそれを内包する、又は他の情報との組み合わせにより法人関係情報となりうる情報であるおそれが高いと考えられる場合は、アナリスト・レポートに記載してはならない。
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