証券アナリストジャーナル賞

第30回(2018年度)受賞者

証券アナリストジャーナル編集委員会
委員長  川北 英隆

論文審査の経緯

 今次の証券アナリストジャーナル賞の対象は、2018年4月号から2019年3月号に掲載された論文及びノート、計49編であった。編集委員会では、これらについて、(1)独創性、(2)論理の展開力、(3)実務への応用性、の三つの審査基準に着目して、以下の3段階にわたる審査を経て、受賞作の選定を行った。なお、編集委員及びモニターが執筆した論文(共同執筆を含む)は、慣例により本賞の対象外としている。

第1段階:編集委員(30名)とモニター(5名)が書面により1~2編の論文を受賞候補として推薦(2019年3月に実施)。

第2段階:4月12日に予備審査委員会(編集委員長、小委員長、学者委員の計7名で構成)を開催、第1段階において3名以上の委員・モニターから推薦のあった8編の論文につき精査し、受賞論文を予備選定。

第3段階:5月10日に全編集委員による審査委員会を開催、予備審査委員会において絞り込まれた受賞候補論文を中心に最終審議を行い、受賞作を決定。

選考結果(1) 西家宏典・津田博史(2018年7月号)

「従業員口コミを用いた企業の組織文化と業績パフォーマンスとの関係」PDFアイコン(2,719KB)

選定理由

西家・津田論文では、従業員の口コミサイトのテキストデータについて、機械学習と統計的手法を用いて加工し、企業の組織文化スコアを算出したうえで、そのスコアと企業業績及び株価との関係を分析している。

分析の結果、組織文化の悪化が財務や企業業績に、更には株式のパフォーマンスにも悪影響を及ぼすことが判明したとする。このことから、従業員の口コミデータには有用な情報が含まれていることが示唆されたと結論付けている。

本論文の価値は、従業員の口コミサイトのテキストデータという定性情報を用いた、その斬新さにある。分析手法はおおよそ既存のものを適用しており、目新しさがあるとはいえないものの、全体として堅実な分析になっている点も評価に値する。

今後、筆者自身が指摘しているように分析手法の精緻化を行うことはもちろんとして、組織文化の変化と企業業績の因果関係についての追加分析が求められる。更には、分析結果から企業経営や株式投資に対して何が示唆されるのか、より具体的な議論を展開してもらえれば、本研究に対して実務的にも高い評価が得られよう。

 

受賞者コメント

受賞者コメント受賞者コメント西家氏、津田氏

西家 宏典 氏 CMA・CIIA、津田 博史 氏 CMA

この度は、日本の金融分野でも歴史の深い、日本証券アナリスト協会の機関誌である証券アナリストジャーナルにおいて、2018年度証券アナリストジャーナル賞に選定いただき、誠にありがとうございます。

本論文を執筆するに当たり、証券アナリストジャーナル編集委員長や匿名のレフェリーの方々をはじめとする多くの方々に貴重なご意見を賜りましたことに対して、この場をお借りしてお礼申し上げます。また、データの提供などにご協力くださいましたOpenWork社の皆さまにあらためてお礼申し上げます。

本研究では従業員クチコミサイトのクチコミテキスト情報を用いて、従業員が感じる上場企業の組織文化を機械学習及びテキストマイニングによって定量化しました。また、時系列スコアとして定量化した組織文化スコアと企業財務及び株式パフォーマンスとの関係性を分析し、組織文化スコアの変化と企業業績の間には統計的に有意な正の関係が見いだされました。

これまで企業評価の実務において組織文化の重要性は長らく示唆されてきましたが、定量的に分析を行った先行研究は多くありません。加えて、企業の開示資料を用いたとしても、組織文化を時系列かつ他社比較可能な指標として定量化することは極めて困難です。そのような中で、本研究では従業員自身が書き込みを行うクチコミサイトの情報に着目することで、組織文化の定量化を可能にした、という点が斬新でかつ有意義なものであり、また実務での利用可能性についてもご評価いただいた点であると考えております。

今回の受賞を今後の研究の励みとし、企業の本質的な組織文化について学術的により一層探求していくとともに、企業価値評価、株式投資、信用リスク評価などの実務への応用についても貢献していきたいと存じます。

選考結果(2) 尾関規正(2019年3月号)

「不正会計開示に対する株価反応要因の実証分析」PDFアイコン(949KB)

選定理由

尾関論文では、不正会計の開示が株価に与える影響を分析している。本論文の分析では、対象とする不正会計の開示に関して、その質、不正の主体、判明した不正への対応方法を開示の要素として抽出し、それぞれの要素が株価に与える影響を考察している。

分析の結果、株価を大きく下落させるのは、不正会計が利益に大きな影響を与える場合や規制当局の調査がある場合は当然として、これに加え、不正会計が不正な財務報告である場合、不正の主体が経営者または役員である場合、第三者委員会が設置されない場合であることを見いだしている。

本論文の価値は、単純に不正会計の開示と株価との関係を検証するのではなく、不正会計の開示内容やその後の企業側の対応について、複数の要素から把握を行い、それらの要素と株価の関係を分析したことにある。この結果、実務的な示唆の多い研究内容となっている。

統計的分析の手法に工夫の余地が残されているものの、若手研究者の単著であることからすれば労作である。この点と、分析テーマの興味深さから、価値のある論文だと評価できる。

 

受賞者コメント

受賞者コメント受賞者コメント尾関氏

尾関 規正 氏

この度は貴重な賞を賜り、心より光栄に思っております。論文の執筆に当たっては、ジャーナル編集委員長やレフェリーの皆さまをはじめとして、大学院博士課程や日本会計研究学会での報告を通じて多くの方々に有意義なコメントをいただきました。数々のご指導によって論文を改善してきた結果として、このような評価をいただくことができたものと思います。改めてお礼を申し上げます。

本論文では、企業が財務報告において意図的に虚偽表示を行う「不正会計」を対象として、その開示に株式市場が反応する要因を検証しています。近年は社会的にコンプライアンスが重視され、不正会計の発覚は利害関係者にとって多大な損失をもたらすおそれがあります。このため直感的には不正が発覚すればその企業の株価は大きく下落すると考えられます。しかし、わが国における上場企業の不正会計事例を集めると、その反応は決して一様なマイナスではありません。

一口に不正会計が開示されたといっても、その当事者、目的、影響の大きさ、調査や開示のされ方は不正会計事例ごとに様々です。本論文ではこれらの諸特性に着目した分析を行うことで、市場は不正会計に関する開示情報や特性を考慮して動いていることが示唆される結果を得ています。その中でも特に含意のある結果は、第三者委員会による調査を行わないことが株価を下げる要因となる点です。言い換えれば、不正発覚時において、社内調査にとどめるよりも、第三者による徹底した調査まで行うことが、外部への説明責任を果たすことを通じて市場のマイナスな評価を緩和しているとも解釈できる結果です。

言うまでもなく、不正会計は未然に防がれることが望まれますが、発覚してしまった場合における市場の動きを経験的に明らかにし、企業や投資家の判断をサポートする結果を提示できたことが本論文の評価につながったものと考えます。この度の受賞を励みとして今後も研究を継続します。

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