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スキルアップに役立つ旬の情報を、PB資格者の方へ毎月1回ご紹介しているのが「PBマガジン」です。ここでは「PBマガジン」の中で紹介している「ちょっと気になる話題」という、手軽に読めてビジネストークにも役立つお話を掲載しています。ぜひタイトルをクリックして、ご一読ください。

※「ちょっと気になる話題」の本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です。

2024年 PBマガジン

 日本銀行は、3月19日の金融政策決定会合で異次元緩和(マイナス金利、長短金利操作(イールドカーブコントロール<YCC>)、リスク性資産(ETF・J-REIT)の買入、マネタリーベースの残高に関するオーバーシュート型コミットメント等)を終了し、これからは短期金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)を主たる政策手段とする普通の金融調節に戻すことを決定しました。マスコミでは、17年振りの利上げで歴史的な転換点を迎えたなどと報じられています。
 そもそも教科書的には、景気が過熱し物価が上昇してくれば、中央銀行は金利の引上げにより、民間の設備投資や住宅投資を抑え、貯蓄が相対的に有利になるため個人消費も緩やかにできると説明されていました。その逆に景気後退期には、金利引下げにより需要の喚起を図ることができることになります。さらには、教科書では想定していない金利がそれ以下には下げられない状況に至ってからは、量的な金融緩和も併用して、人々のインフレ期待にも働き掛けるようにしてきました。しかし、バブル崩壊後の25年間や異次元緩和の11年間を達観すれば、そうしたメカニズムが有効に働いたようには見えませんでした。広く観察されたのは、株価の上昇と為替円安の進行で、そこからの派生的な効果はなにがしかあったかもしれません。
 一方、米国では新型コロナウィルスのパンデミックやロシアのウクライナ侵攻を背景とした世界的なインフレ高進を受けて2022年6月から金融引締めに転じ、政策金利は0%台から5%台まで大幅に引き上げられましたが、景気は個人消費を中心に予想外に堅調で物価鎮静化の目途はまだ立っていないようです。金融引締めの物価抑制効果も現時点では必ずしも明確ではないようです。かつて、米国連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長(2004年当時)は、短期の政策金利を引上げてきているにもかかわらず、長期金利が低下していることに困惑して「謎(Conundrum)」と表現しました。現在の金融引締め局面においても、長短金利の逆転(逆イールドカーブ)が生じています。
 このように金融政策の波及メカニズムや効果を巡っては、常識的な知識では容易に理解できない「謎」が多いように思います。日銀では、植田総裁就任直後の昨年4月の金融政策決定会合で、バブル崩壊後の金融政策運営について、1年から1年半程度の時間をかけて、多角的にレビューを行うとしています。また、今回決定会合後の総裁記者会見でも大規模金融緩和は終了したが、これまでに買った国債やETFなどが残高として大量に日銀のバランスシートに残っているので、それらの遺産をどうするのかがあるとも付言しています。
 多角的レビューにおいては、金融政策の目標と、その波及メカニズムや目標実現までのタイムスパンなどについても検証し、もし目標が達成できなかったとするならば、それは何故だったのかなどの多くの謎や課題について、分かりやすく説明されることが期待されます。

(参考) 
日本銀行 「当面の金融政策運営」(2024.3.19)、(2023.4.28)
     「総裁記者会見」(2024.3.21)

 厚生労働省が2006年に「今後の高齢化の進展 ~2025年の超高齢社会像~」で問題提起した2025年問題が来年に迫っています。2025年問題とは、団塊世代(1947~49年生まれ)が75歳以上の後期高齢者になることから起きる社会保障費の増大や少子化と相俟っての働き手不足などを指します。確かにマス層の高齢化で認知症患者や独居老人の数が増えていくのは確実であり、それらに対するセーフティーネットの充実は、行政をはじめ社会全体の喫緊の課題です。   
 ただ、高齢者は、「老人」、「お爺さん・お婆さん」、「お年寄り」と言われて弱々しく、現役世代にとっては手の掛かるお荷物的な人たちと一括りにする見方は、やや一面的なように思います。後期高齢者の要支援・要介護率は約3割との試算がありますが、裏を返せば約7割の人たちは元気だと言えます。例えば、平日昼間の交通機関や劇場、映画館、図書館などは元気な高齢者で溢れています。
 確かに、団塊世代以前の人たちは、健康寿命が現在より短かったことから、老いを感じさせるように見えました。認知症介護の修羅場を描いた有吉佐和子の「恍惚の人」(1972年)や定年退職後に急激に無気力に落ち込む「燃え尽き症候群」、そして妻への過度の依存を評した樋口恵子の「濡れ落ち葉」(1989年)など、以前は体力とともに気力の低下も数多く語られていました。
 しかし、現在の高齢者は健康寿命の延びに伴い、身体だけでなく意欲の面でもかなり前向きになっているように思います。例えば、内館牧子の小説「終わった人」(2015年)では、定年後に退屈な日々を過ごしていた主人公が再挑戦に向かうストーリーが描かれています。また、未来ビジョン研究所が40代から70代の全国男女1256人に行ったインターネット調査(2022年)によれば、「今の健康を向上させて、生活をさらに充実させたい/楽しみたい」と考える人々が91.9%と全世代平均を上回り、年代別では唯一9割台でした。「ひとりを楽しめる大人でありたい」、「知性・教養を持った大人でありたい」との回答も9割近くありました。さらに、「コロナ終息後にやりたいこと」の全体トップは「国内旅行」であり、その年代別トップも70代の72.3%でした。
 こうしたことから、同研究所では、体力・気力を保持した現在の70代を「ニューセブンティ」と呼び、気分はセブンティーン!?と評しています。そして、大量の社会保障費の受益者である高齢者層は同時に大量の消費者でもあり、個人消費の活性化を通じて経済に活力をもたらす道を考 えるべきだと提唱しています。
 世間の多くの論調は、団塊世代が高齢化で弱者となり、大量の要介護が発生し、若い世代の負担が増加するなど、日本は暗い高齢社会に向かっていると悲観的です。しかし、元気な団塊世代が旅行やスポーツジム、芸術鑑賞などの健康増進や教養などの消費支出を増やすことにより、経済の活性化とともに若い世代の負担を軽減し、活力ある日本を目指す前向きな声ももっと広がっていいと思います。

(参考) 
厚生労働省(2006)     「今後の恒例化の進展 ~2025年の超高齢社会像~」
未来ビジョン研究所(2023) 「人生100年時代の基礎データ」
 同       (2022) 「いまの70代は“ニューセブンティ”2022」
日本経済新聞(2024.2.8)  「定年は意外と楽しい 脱・カイシャが促すひとり消費」

 昨年暮れに、政府の令和6年度の税制改正大綱が閣議決定されました。とかく個別の税制改正内容に目が向きがちですが、まずは、政府に先立って公表された与党大綱の冒頭に掲げられた基本的考え方から見ていきたいと思います。
 我々は、今、大きな時代の転換点にあると宣言しています。すなわち、四半世紀続いたデフレで、賃金も上がらず経済も成長せず、世界の物価・賃金との差が拡大した「安いニッポン」から脱却する千載一遇のチャンスであると位置づけています。
 それを実現するには、賃金上昇が物価高に追いついていない国民の負担を緩和し、物価上昇を十分に超える持続的な賃上げが行われる経済の実現を目指す観点から、所得税・個人住民税の定額減税の実施や、賃上げ促進税制の強化等を行うとしています。また、国内投資促進税制(戦略分野国内生産促進税制、イノベーションボックス税制の創設等)とともに、地域経済や中堅・中小企業の活性化等の観点から、事業承継税制の特例措置に係る計画提出期限の延長等を行います。
 前年5年度の大綱では、家計の資産を貯蓄から投資へと積極的に振り向け、資産所得倍増につなげるため、NISAの抜本的拡充・恒久化を行うなど既存ストックの活用に力点が置かれていました。それに対し6年度は、フローの賃金上昇を促進して経済の好循環を目指すことを鮮明にしています。具体的には、中小企業では、その6割が欠損法人で税制措置のインセブティブが効かないため、新たに繰越控除制度を創設して、赤字企業でも賃上げができるように後押しする一方、多額の内部留保を抱えながら賃上げや国内投資に消極的な企業に対しては特定税額控除規定の不適用措置を強化して、内部留保の活用を促すとしています。
 さて、大綱が決定されるまでに議論になったのは、所得税・個人住民税の定額減税でした。今回は、給与収入2千万円超の高額所得者を除く納税者及び配偶者を含む扶養家族1人につき令和6年分の所得税3万円、個人住民税1万円の計4万円の減税を6月以降の源泉徴収等から実施するとしています。これにより、賃金上昇と相まってデフレマインドの払拭と好循環の実現につなげていくと言います。
 ただ、今回の定額減税は、2020年にコロナ対策として実施された国民1人当たり10万円の特別定額給付金と比べて対象範囲、支給金額とも小さくなっています。そして、前回の給付金のうち実際に消費に回ったのは、2~3割とみられています。与党大綱でも、行動変容を促す税制措置の効果分析等、EBPM(証拠に基づく政策立案:Evidence Based Policy Making)の取り組みを着実に強化するとあります。今回の減税も含め各種税制措置にどれだけ政策効果があるのかを、今後注目していく必要があると思います。

(参考) 
財務省       「令和6年度税制改正の大綱」(2023年12月22日閣議決定)
自由民主党・公明党 「令和6年度税制改正大綱」(2023年12月14日)
独立行政法人 経済産業研究所
          「コロナ禍における特別定額給付金の家計消費への影響

 現在の超金融緩和から正常化に向かうには、賃金と物価の好循環が定着するかがキーポイントとされており、今春の賃上げが昨年を上回るかに関心が高まっています。換言すれば、これまでは賃金も物価も両方上がらないのが当たり前の状態が続いていましたが、昨年から動き始めた企業による賃金・価格設定行動にどこまで変化が見られるかです。
 この点について、日銀の氷見野副総裁が講演で興味深い説明をされていましたので、紹介します。企業の賃金・価格設定行動の変化を4段階で考えてみると、第1段階は、輸入物価の上昇分を販売価格に反映する、第2段階は、物価の上昇分を賃金に反映する、第3段階は、賃上げに伴うコスト増を価格に反映する、第4段階は、価格戦略に多様性が生まれ、「良い商品を安く」に加えて「魅力ある商品を相応しい価格で」にも取り組みやすくなり、生産性の向上のための選択肢も広がるとしています。
 最近では、輸入物価が前年を10%以上下回っているので、第1段階の輸入物価の価格転嫁だけであれば、いずれ昔の世界に戻ってしまいかねません。他方、第2段階の賃上げと第3段階の人件費の転嫁がともに進む好循環が始まれば持続性が出てきます。それでも、物価の上昇分、賃金が上がるだけでは、私たちの暮らしは実質では良くなりません。第2段階、第3段階の好循環を契機に、第4階の価格戦略の多様化・高付加価値化・生産性向上が始まり、その成果が分配されてこそ暮らしが良くなっていくと説明しています。
 中小企業のアンケートでは、多くは第1段階の輸入物価の転嫁も一部しかできていないとの結果が出ていますが、少数ながら第4段階まで進んでいる先も出てきていると言います。講演の中で紹介されたのは宿泊業の事例です。個人客を中心とした高付加価値化に取り組んだ先と、従来同様の団体客向けの標準的なサービスを続けた先では、価格転嫁後の客足の変化や人手の確保に差が出ています。
 このような違いが出てくる背景には、企業によっては、「何かをやって失敗すると個人が厳しく責任を問われるが、何もしなかったために失敗しても誰のせいかはっきりしない」とか、「何かをやって成功してもそれほど報いられないが、何かをやって失敗すると厳しく責められる」といった、非対称的なインセンティブ構造があるかもしれないと指摘しています。
 賃金や物価が変わらないことが常態化していた時代には、価格変更を伴う事業戦略の見直しはリスクが高く、何もしない方が安全と考えられがちです。しかし、世の中全体で賃金と物価の循環が回り出すと、何かすることのハードルが下がり、何もしないリスクが高くなり、どこかで両者の関係が逆転し、これまで起きなったような変化が起きる気がするとも付言しています。
 氷見野氏の指摘した、これまで起きなかった変化がどのようなものでどこまで広がるのかは予断を許しません。ただ、これだけ各所で人手不足の声が高まっている中で、物価上昇率を下回る賃上げにとどまっていることに違和感を持つ人も多いように思います。先日、公表された与党の令和6年度税制改正大綱では、賃上げ促進税制の拡充が盛り込まれています。今年こそは第2段階の賃上げから、第3段階の人件費の転嫁、第4段階の価格戦略の多様化による高付加価値化がどこまで進むかが要注目だと思います。

(参考) 
日本銀行副総裁 氷見野良三(2023年12月6日)
 最近の金融経済情勢と金融政策運営 -大分県金融経済懇談会における挨拶-

2023年 PBマガジン

 政府方針の資産運用立国の実現に向けて、金融庁・金融審議会では10月に「資産運用に関するタスクフォース」を立ち上げて精力的に議論を進めています。第1回会議で事務局から提示されたテーマは、全般として①資産運用力の向上と運用対象の多様化、個別には②運用力向上を図るために資産運用業への新規参入を促す取組、③アセットオーナーから受託した運用会社が高度の運用を行い、受益者である家計への利益が最大化されるための取組、④広く個人にオルタナティブ資産への投資機会を提供し、そうした資金がスタートアップ等への成長資金となるための運用対象の多様化、でした。そして11月の第3回会議では、事務局から「これまでの議論のまとめ」が示されましたので、今回はその中で、一般投資家向けの資産運用対象の多様化を中心にみていきます。(注)
 投資信託への非上場株式の組入れは、法令上、禁止されていないが、非上場株式の評価方法等が明確になっていないため、行われていませんでした。今回、価格透明性の高い上場株式と非上場株式が同じ公募投信に混在すると投資家には商品性やリスクが分かりにくくなるため、既存の公募投信とは別に、解約制限などの措置を適切に講じた商品設計をすることが望ましいとされています。
 上場ベンチャーファンドは、個人投資家に非上場企業への投資機会を提供する等の観点から2001年12月に東証にベンチャーファンド市場が開設されたが、現在、上場銘柄が存在していません。このため、東証に非上場企業の情報開示の内容や開示頻度について検討するよう求めるほか、インサイダー取引規制の対象となる自己投資口の取得を可能とすること、英国で与えられている上場ベンチャーファンドへの投資に対する税優遇措置を期待しています。
 投資型クラウドファンディングについては、投資家(特定投資家を除く)の投資上限額は投資先毎に年間50万円としているが、リスク許容度や投資余力に応じて改善の余地があると指摘しています。また、投資勧誘は、現在、訪問・対面は投資家に強圧性を与えるリスクがあるため、ウェブサイトや電子メールに限定されているが、投資家からの要請がある場合に限り、音声通話による商品説明も可能とすることが適当としています。
 非上場株式のセカンダリー(流通)取引の環境整備については、現在スタートアップ企業等の非上場企業の株式の換金(いわゆる出口)が上場に偏っており、諸外国に比べ規模の小さいまま上場することになっているとの指摘があります。セカンダリー取引を活発にして、創業者等の一般投資家も売却が可能にすることが適当としています。
 排出権を対象とする投信の組成については、個人投資家等も参加した形で設定・解約が行われる投資の投資対象として、十分な流動性や円滑で適正な価格形成が確保されるかなど、まずはカーボン・クレジット市場の状況を精査することが必要としています。
 外国籍投信の国内公募投信への組入れについては、投信協会の自主規制が設けられています。このため、海外において非上場ではあるが、公募で販売されているオルタナティブ投信が国内籍公募投信に組み入れられない場合があります。一方、外国籍投信が国内で販売することは可能なため、整合性についての指摘があるので、枠組みの見直しを求めています。
 累積投資契約におけるクレジットカード決済上限額の引上げについては、現在、毎月の投資上限額は基本的に5万円に制限されているが、2024年から新NISA制度がスタートし、つみたて投資枠が月10万円に引き上げられることから、投資家の資産形成を促進するため、つみたて投資枠をカバーできるよう規定を見直すことが適当としています。

(注)本稿執筆時点では、議事録は第1回のみ公表されており、第2回、第3回は未公表です。また、11月22日には、第4回が第25回市場制度ワーキング・グループ会合と合同開催される予定です。

(参考) 
金融庁(令和5年11月6日) 第3回 金融審議会 資産運用に関するタスクフォース
                  事務局説明資料(これまでの議論のまとめ)

 わが国では、1960年代の高度経済成長期に所得が大幅に増加する中で、一億総中流が達成されましたが、70年代に入りニクソンショック、石油ショックで成長が減速し、その後もバブルの崩壊、リーマンショックなどで失われた30年を余儀なくされ、全体として所得が伸び悩む中で、経済格差が拡大しているというのが、常識的な見方ではないでしょうか。
 それは本当かを見ていきたいと思います。経済格差には、賃金の男女間や正規非正規間の格差、年金の受給額格差など、いろいろ考えられますが、それらを包括してみるものとして、厚生労働省が定期的に実施している「所得再分配調査」があります。その中で、世帯単位での所得分配の均等度(裏を返せば不平等さ)を示す指標として「ジニ係数」が用いられています。ジニ係数の詳しい説明は省きますが、0から1の値を取り、全世帯が同じ所得であれば0となり、1世帯だけで全所得を独り占めすれば1となります。そして、このジニ係数は、税金・社会保険料控除前の当初所得ベース(手取りではなく税込み)と税金・社会保険料控除後の所得(手取り)に年金・医療・介護等の受給額を加えた再分配所得ベースの2つがあります。
 今年8月に公表された令和3(2021)年調査では、当初所得ベースでは0.570、再分配所得ベースでは0.381となりました。税制、社会保障制度により経済格差が緩和されていることが分かります。また、当初所得の階層別にみると、年間600万円以下では再分配所得が当初所得を上回る受取超、650万円以上では支払超となっています。世帯主の年齢階層別では、現役層の64歳未満が支払超、大半がリタイアしている65歳以上の世帯は受取超となっています。年金受給額の水準が十分かどうかの議論はありますが、高所得の現役世帯から低所得の高齢者世帯に所得が再分配されていることが確認できます。
 ただし、一世帯当たりの平均当初所得423.4万から引かれる税金(52.4万円)と社会保険料(56.7万円)の合計が109.1万円であるのに対して、受給される年金・医療等の社会保障給付は189.8万円と大きく上回っています。格差の緩和は税金による効果よりも社会保障給付に依るものです。また、社会保障給付額が税金等の徴収額を上回っていることは、財政赤字によって支えられているものとも考えられます。高齢化が進むにつれて、社会保障給付は増え続けるとみられることから、税金と社会保障のバランスをこのままで放置してよいのか議論の余地は大いにあると思います。
 次にジニ係数を長期時系列でみておきましょう。この再分配調査は、昭和37(1962)年から、概ね3年毎に行われています。第1回調査でのジニ係数は、当初所得ベースで0.3904、再分配所得ベースで0.3442でしたので、確かに約60年間で格差が広がっているといえます。ただ、当初所得ベースで+0.1796ポイントの拡大に比べて、再分配所得ベースでは+0.0368と極めて小幅にとどまっています。
 より生活実感に近い再分配所得ベースでは、所得格差はさほど広がっていないこともあって、内閣府の「国民生活に関する世論調査」(令和4年10月)での「あなたのご家庭の生活の程度は、世間一般から見て、どうですか」の質問に対して、中の上、中の中、中の下と答えた割合の合計は89.0%と高水準で、一億総中流の国民意識はあまり変わっていないようにみえます。
 最後に、ここまで見てきたジニ係数はフローの所得をベースにしたものですので、ストックの実物資産や金融資産の保有額での格差を明示的には捉えていないので、この点には留意を要するでしょう。
 PBがアドバイスする相談者の事情はそれぞれ異なりますが、わが国の全体像を頭の片隅に置いておくことも必要だと思います。

(参考) 
厚生労働省 「令和3年所得再分配調査」 令和5年8月22日
内閣府   「国民生活に関する世論調査(令和4年10月)」 令和5年1月24日

 令和5年度経済財政白書では、企業の収益性向上に向けた課題として、労働生産性の動向を分析しています。わが国の労働生産性は、1996~2000年の+2%弱から2011~18年の  +約1%と伸び率が低下しており、労働生産性を全要素生産性(TFP)、労働の質、資本装備率に分解してみると、設備投資の低迷から資本装備率による押上げ効果が徐々に縮小しています。さらに資本は無形資産、有形資産(ICT)、有形資産(非ICT)に分けられますが、いずれも低下しており、アメリカと比較すると、ICT投資や無形資産投資の伸び悩みが目立つと言います。
 業種別にみると、わが国では製造業が電子・電気機械、生産・業務用機械など、非製造業では金融保険や教育などで上昇している一方で、情報通信や卸売・小売、宿泊・飲食を始めとした多くの業種で、アメリカ・ドイツを比べて伸びが低くなっています。特に、非製造業でのソフトウェア投資が欧米に比べて低迷が顕著で、DX投資による効率化の遅れが課題であると指摘しています。
 また、無形資産についても、組織改編(組織の改編や発展のための経費)、ブランド(ブランドや商標開発のための広告や市場調査費用)や人的投資(企業の教育訓練費用<ただし職場外研修費用のみ計測>)が、日・米・英・独・仏の5か国中で最も低水準であると言います。無形資産は、ICT資本や研究開発資本と補完的に機能し、労働生産性の伸びを高めます。そして政府としては、リ・スキリング支援やITツール(ソフトウェア、アプリ、サービスなど)の導入補助金を実施していると結んでいます。
 この間、民間の「DXに関するアンケート調査」を見ると、アフターコロナに向け、新規事業の開拓や人手不足への対応でDX推進の重要性が増していますが、実際に取り組んでいるのは、中小企業では40.6%と大企業の66.0%を大きく下回っています。DXに期待する効果としては、業務効率化による生産性の向上が最多で、業務時間の削減、人的ミスの低減と続きます。DXに期待される「データやデジタル技術を使って、顧客目線で新たな価値を創出する」に対応するとみられる売上・利益の拡大や新規顧客の開拓と答える企業は少数でした。
 また、DXの取り組みに外部の支援機構を活用する意向の中小企業は48.0%と半数近くにのぼっています。そしてどのような支援機関を活用、または活用を検討しているか(複数回答可)については、最多はITベンダー(42.0%)、次いで金融機関(40.7%)、コンサルタント(28.4%)との結果でした。地域金融機関による伴走支援の一環として、中小企業向けDX支援への期待が大きいことが分かります。

(参考) 
内閣府       令和5年度 年次経済財政報告(令和5年8月29日)
東京商工リサーチ 「DXに関するアンケート」調査(2023年8月22日)

 7月末の日本銀行の金融政策決定会合で、長短金利操作の運用を弾力化することが決定されました。昨年12月に続く変更であったこともあり、直後の総裁記者会見ではこれは緩和の縮小に当たるのかといった質問があり、マスコミ報道では正常化や出口戦略といった文言が見受けられました。こうした評価の是非はさておき、本コラムでは、日銀の公表文や総裁記者会見、副総裁挨拶を読んで気づいた点を見ておきたいと思います。
 まず、前回12月の長短金利操作の運用の一部見直しは、市場機能の改善を図り、より円滑にイールドカーブ全体の形成を促すためとしていました。債券市場では、各年限間の金利の相対関係や現物と先物の裁定などの面で市場機能が低下していること、国債金利は、社債や貸出等の金利の基準になっていることから、企業の起債など金融環境に悪影響を及ぼすおそれがあると説明していました。
 これに対して、今回は、わが国の物価が4月の展望レポートの見通しを上回って推移しており、春季労使交渉などを背景に賃金上昇率が高まっていること、企業の賃金・価格設定行動に変化の兆しが窺われ、予想物価上昇率も再び上昇する動きがみられることを挙げています。そして今後も物価の上振れが続くと、実質金利の低下によって金融緩和効果が強まる一方、長期金利の上限を厳格に抑えると債券市場の機能やその他の金融市場でのボラティリティに影響が生じるおそれがあるとしています。
 いくつかポイントがあると思います。まず、第1は、物価見通しが上振れているのは、輸入物価の上昇を起点とするコストプッシュの影響が予想よりも長引いているのか、あるいは企業の賃金・価格設定行動の変化が思ったより早めに表れているのかですが、その判断は難しく、「変化の兆し」が出てきているとの表現になったと言います。そして第2に、①上振れている物価との対比で十分な賃金上昇が続くのか、②それが個人消費を持続的に支えていけるのか、③来年以降の賃上げ定着につながっていくのかについては、よくみていきたいと表明しています。第3は、予想物価上昇率が上がる中で、厳格に長期金利を抑制しようとすると、その後に微調整しようとしても投機を呼び込んでしまい金利上昇圧力が高まることを、近年のオーストラリアや戦後間もないアメリカを例に挙げて説明しています。今回の長期金利操作の運用柔軟化は、そうした事態に陥らないように、言わば先手を打ったものと思われます。第4のその他の金融市場でのボラティリティについては、為替市場も含めて考えていること、不動産価格の上昇も気をつけていきたいとしています。
 以上のように、昨年12月時点では専ら債券市場の歪みの是正に着目していたのに比べて、かなり幅広い観点が示されています。この中でも特に、企業の賃金・価格設定行動が変化したのかどうかが、最大のポイントだと考えられます。そして、消費者・生活者側でも、インフレを経験した昭和世代はもとより、デフレ下で生まれ育ちインフレを知らない平成世代の若者たちの就労意識や消費行動等がどう変わるのかが、今後の金融経済動向を左右するように思います。

(参考)
日本銀行 当面の金融政策運営について(2022年12月20日、2023年7月28日)
 同   総裁記者会見(2023年7月31日)
 同   最近の金融経済情勢と金融政策 -千葉県金融経済懇談会における挨拶―
     日本銀行副総裁 内田真一(2023年8月2日)

 金融庁が今春公表した「業種別支援の着眼点」(公益社団法人 日本生産性本部作成)に目を通したところ、内容が興味深いので紹介します。この着眼点を作成したのは、新型コロナウィルス感染症や物価高等の影響が幅広い業種・事業者に及ぶことから、地域金融機関等には事業者への経営改善等の支援を効果的・効率的に進めていくことが期待されるためとしています。経営改善が目的とあるので、プライベートバンカーの中には、直接関係はないと考える方もいるかもしれませんが、中小企業オーナーとの会話を円滑に進めるためにとても参考になると思います。
 着眼点は、1.コンセプト・ユースケース、2.全業種共通、3.建設業、4.飲食業、5.小売業、6.卸売業、7.運送業、別冊 教えて、ノウハウ先生から構成されています。コンセプトは、若手や経験の浅い者が、現場実務の初動で役立つレベルで、業種全体が俯瞰できることを目指しています。
 全業種共通として、まずROA(総資産利益率)が売上高当期純利益率×総資本(産)回転率に分解できることから、そのどちらに軸足がある業種かを見極めることを勧めています。つまり、取引相手の企業や国が報酬基準を定めている建設業・医療・介護・広告・デザインでは、売上からどれだけ利益を確保できるか、前者の売上高当期純利益率が軸足になります。一方、販売・価格・集客競争が厳しい小売業・卸売業・飲食業・宿泊業などは、事業用資産を繰り回してどれだけ売上を確保できるか、後者の総資本(産)回転率が軸足になります。まず、この点を理解したうえで経営者との対話に臨むべきでしょう。
 また、中小企業はオーナー経営者に権限が集中しているため、社長だけを相手にしがちですが、場合によっては第三者の立場から、社長と番頭さん・社員との橋渡し役を期待される場合や、業務多忙で課題が整理できない社長の相談役を求められることがあるとも書かれています。
 そして、中小飲食業の着眼点の事例では、原価率に注目して、20%以下のドル箱商材が餃子、サワー・ハイボール、30%程度の平均がラーメン、ビール、35%以上が高級こだわり商材になるとあります。例えば、ラーメン餃子セットを注文されると原価率の低い餃子のお陰で利益が出やすくなるとか、「乾杯のビール」の後の2杯目からは原価率の低いサワー・ハイボールに誘導するなど、どこかで聞いたことのあるような話ですが、分かりやすい例を挙げています。
 中小小売業では、大手・全国チェーンとの差別化や商圏の捉え方、中小建設業では、工事代金の立替が年商の1.5か月分くらいはあるといった各業界での特性なども丁寧に解説されています。
 バブル崩壊後の不良債権処理の過程で、銀行は担保や保証に依存して、事業性の評価を怠ってきたとの批判が聞かれます。金融商品の販売面(特に投資信託)では、顧客本位の業務運営が打ち出されてからかなり立ちますが、法人営業面でも単なる資金繰り支援といった表面的な役割ではなく、企業経営の中まで立ち入ってオーナー等とのコミュケーションを密にするようにとの政策意図を強く感じます。
 なお、経営者との対話ツールとしては、既に経済産業省のローカルベンチマークがありますが、着眼点は「経営支援の入口」と位置付けており、入門編として読みやすいものとなっています。

(参考)
金融庁   「業種別支援の着眼点」(2023年3月)
橋本卓典  「地銀と中小企業の運命」(2023年3月)文春新書
経済産業省 「ローカルベンチマーク」

 来年から始まる新しいNISAで非課税制度が拡充・恒久化されることから、投資信託(ファンド)に世間の関心が高まっています。年間の最大投資額は、つみたて投資枠が120万円、成長投資枠が240万円の合計360万円となります。このうち、つみたて投資枠で投資可能なのは、現在のつみたてNISA(年間40万円)で認められている200本強の公募投信等が引き継がれる見通しです。
 つみたて投資枠を巡っては投信間での競争が激化しています。例えば、全世界の株式を対象とするインデックス(指数)に連動するように運用するファンドでは、これまで最低の信託報酬(顧客が支払う運用管理手数料)はAファンドの年率0.1133%(1千万円の投資に対するコストは11,330円)でしたが、今春新たに0.05775%(同5,775円)の競合ファンドBが登場しました。当初は、それまで業界最低水準を標榜してきたAファンドが追随して引き下げるのかが注目されましたが、Aファンドの信託報酬には含まれる指数使用料や目論見書等の作成費用がBファンドには含まれていないことが分かりました。
 こうしたことから、これまで顧客が投資する際のコストとして比較検討すべきと言われてきた信託報酬だけを見ていたのでは、判断を誤る惧れがあることが判明しました。実はこの点については、業界団体では気付いていて、来年4月には、信託報酬に加えて顧客が負担する総経費率を合わせて記載することを決めていました。しかし、来年1月から新NISAがスタートすることを鑑みれば、少なくともつみたてNISA対象ファンドについては年内に総経費率を明らかにすべきでしょう。
 また、つみたてNISAの対象商品の中には、TOPIXや日経平均株価、MSCIといった単一指数に連動するような比較的理解しやすいファンドのほかに、2から最大8と複数の指数に連動することを標榜する理解が難しいファンドも約100本あります。
 この間、積立投資の意義を熱く語り続けてきた独立系投信の創業者が退任に追い込まれたとの報道もありました。これまで、創業者はファンドへの資金の流出入の振れを抑えて安定的な成長を図るために顧客への直接販売にこだわってきましたが、退任により当該ファンドの販売体制や運用方針に変更が起きるのではないかとの声も聞かれます。
 新しいNISAでは、成人1人の非課税保有限度額が、1,800万円と大幅に引き上げられたことから、ファミリー全体でみれば相当な金額まで非課税で投資し運用を続けることが可能となりました。プライベートバンカーとしても、ファンド選択の目を養うことが求められています。また、監督官庁や業界団体には、個人投資家の立場に立って、ファンドの内容(資産規模、資金流出入、信託報酬、総経費率など)はもとより、運用方針、運用体制などを同一基準で容易に比較検討できるような基盤づくりが求められます。

(参考)
日本経済新聞 「投信購入時に総コスト開示 目論見書、隠れ費用『見える化』」(6月9日朝刊)
日本経済新聞 「投信販路拡大 哲学届きにくく」(6月13日夕刊) 
投資信託協会 「交付目論見書の作成に関する規則に関する細則」(令和4年4月21日改正)
金融庁    「資産運用高度化プログレスレポート2023」(2023年4月)

 中小企業庁は、4月末に「2023年版中小企業白書・小規模企業白書」を公表しました。
 総論では、足下の新型コロナや物価高騰、深刻な人手不足など、中小企業事業者は、引き続き厳しい状況にあるとの現状認識を示しています。そのうえで、取り巻く経営環境が激変する時代を乗り越えるため、価格転嫁に加えて、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション<脱炭素>)といった構造変化も新たな挑戦の機会と捉えて投資の拡大等に取り組み、生産性の向上や賃上げを促進していくことが重要であるとしています。
 そして各論では、全国各地の好事例を多数掲載していますので、今回はその中から興味深い取り組みを紹介します。
 人手不足への対応として、①半導体製造装置などの輸送を行うトラック運送企業では、ITコーディネーターと連携して、受注情報をもとに配車業務をシステム化して、社内資源の最適配分と情報共有の迅速を実現しました。②金属加工企業では、従業員の多能工化を進めて、互いに業務をカバーし合うことにより、連続休暇体制を構築し男性も育休取得を義務化したところ、離職率がかつての40%から数%まで低下しました。③食品用容器を製造販売する企業では、コロナ禍で弁当のテイクアウトやデリバリー需要の高まりから、EC販売を拡大するため、社内にはいないECの専門知識を持つ人材を副業の形態で活用し、EC販売高を3倍以上に拡大できました。
 イノベーションや競合との差別化として、④おしぼりレンタルの企画開発・製造・販売企業では、抗ウイルス・抗菌機能を付けて差別化を図るため特許を取得し、使い切りおしぼりにも進出し、売上高を約20年前に比べて4倍近くまで増大できました。⑤直径0.03㎜といった極めて細い円筒・円錐状のピン製造企業では、価格による差別化ではなく、競合の少ない細い領域に特化して、自動車分野、医療分野への進出に成功し20期連続黒字を実現しています。
 GX関連として、⑥熱処理設備の製造販売企業では、真空下で炎を出さない熱処理技術の開発に成功し、CO2排出ゼロを実現したことから、大手企業からの引き合いが増加しています。⑦微細藻類の研究開発・生産をする企業では、温泉に生息する藻類が金属を吸着する特殊な性質に着目して、使用済家電などから金やプラチナ、パラジウムといった貴金属を回収する事業を展開しています。
 白書では、このほかM&Aの事例なども含め40社以上について具体的な会社名、所在地、資本金、従業員数まで明記して紹介しており、いずれも企業規模は小さいながら、現状に甘んじず果敢に挑戦していく前向きな取組が目を引きます。中小企業は、所有と経営の一致等を背景に、大企業に比べて小回りの利いた経営やイノベーションに向けて迅速な対応がしやすい面が、うまく事業拡大につながったともいえます。
 全ての挑戦が成功する訳ではありませんが、好事例の蓄積の中から将来への示唆が得られると思います。プライベートバンカーが企業オーナーとの会話の中で役立つヒントもあるかもしれません。

(参考)
中小企業庁 「2023年版中小企業白書・小規模企業白書」
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html

 先般公表された2022年10月時点の日本の総人口は、1億2494万人と、ピークの2004年の1億2784万人から12年連続のマイナスとなりました。この間の減少数290万人は、宮城県、京都府、広島県といった大都市を持つ1つの県レベルに匹敵する規模です。また65歳以上の高齢人口比率も20%から29%に上昇し、過去最高となっています。
 人口は、国内生産と消費需要の両面で一国経済の基礎になり、他の経済指標に比べて将来予想の見通しやすいものです。それだけに、将来人口を変えることは容易ではなく、政府は危機感を募らせています。3月末に少子化対策たたき台を公表し、4月には、これまでの縦割り行政を見直して、こども家庭庁を発足させています。さらに6月にまとめる経済財政運営と改革の指針(骨太の方針)では、子ども予算の倍増を図るなど、人口減少、少子化対策に注力しています。
 今日では、ほとんどの先進国で、人口維持するのに必要な合計特殊出生率2.1を下回っていますが、こうした中で比較的出生率の高いフランス、スウェーデン、そして一時期日本と同様に出生率が1.5を下回っていたものの2010年代に入り上昇を示しているドイツがあります。こうした国々での取り組みも参考にして、今回示された異次元ともいう少子化対策は、①児童手当、出産費用など経済的支援の強化、②保育所利用要件の緩和などによるサービスの拡充、③男性の育休取得率引き上げなどの共働き・共育ての推進、④意識改革を柱としています。
 ①から③は、財源をどうするのか、限られた財源の中で優先順位をどうするのかといったハードルはありますが、実現すべき課題は比較的明確で税金・補助金や法律・制度で対応可能と考えられます。しかし、④意識改革は、たたき台ではなお検討課題とされており、実効を上げるのは容易ではないでしょう。
 「自国はこどもを生み育てやすい国だと思うか」との問いに対して、日本では61%が「そう思わない」と回答していて、ドイツ23%、フランス18%、スウェーデン2%に比べて、かなり悲観的です。この背景には、出産・子育て世代の当事者以外の理解(社会全体の価値観の変化)が得られていないことがあると考えられます。働き方改革を通じて企業文化の変革は進められてきていますが、加えて子育てを終えた高齢層の子育て支援への参画が求められているといえるでしょう。
 経営者の後継者不足は喧伝されていますが、日本人全体が後継者不足との認識はまだ高いとは言えないように思います。ベビーブーマー世代が生まれた当時はリタイア層の人口は少なかった一方、ベビーブーム世代が高齢層となり、その人口比率が高くなった現在の日本では、高齢でも元気な人的資源は豊富なのですから、それを活かさない手はないように思います。どう意識改革していけるかが問われています。

(参考)
こども家庭庁 「こども・子育て政策の強化について(試案)
        -次元の異なる少子化対策の実現に向けて-」
https://www.cfa.go.jp/policies/81755c56-2756-427b-a0a6-919a8ef07fb5/

内閣府 「令和2年度少子化社会に関する国際意識調査報告書」
https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/research/r02/kokusai/pdf_index.html

 金融に関する理論・制度・歴史を幅広く研究する日本銀行金融研究所は昨年設立40周年を迎えました。それを記念して「マネーシステムの歴史を語る」との対談が行われ、ホームページに掲載されています。対談者は、北村行伸立正大学教授、鎮目雅人早稲田大学教授、副島豊金融研所長です。対談では、お金の誕生から現代の暗号資産、中央銀行デジタル通貨(CBDC)や未来展望まで、これまでの常識を覆す事実も含め平易に語られていますのでご紹介します。
 まず、お金の誕生について昔の学校教育では、物々交換が繰り返される中でより便利なものが選ばれて、貝や布から金属、紙へと進化してきたと教わったと記憶しています。しかし、近年の研究では、物理的なお金が存在する以前の7千年前のメソポタミアでは、「いくら配った」、「いくら貸した」という事実を帳簿に記載することで、信用(貸借勘定の管理)が成立していたと言います。実物としての交換手段機能はないものの、帳簿に記載された貸し借りは価値尺度としての機能があり、貨幣的に使われていたと指摘しています。
 また、日本の中世で使われていた渡来銭は、金属としての価値は低く、発行した北宋は海の向こうで滅んでおり裏付けとなる権威もありませんでした。それでも、使ってみたら便利で、皆が受け取ってくれるので自分も受け取って問題ないとの安心・納得感が広く民間に醸成されました。このため、当初は忌避していた朝廷や鎌倉幕府も代銭納を認めるようになったと言います。これは、民間から広まりつつある現在の電子決済や暗号資産にも似ているようにもみえます。また、江戸時代には、金・銀・銭貨の三貨制度がある上に、各地でいろいろな藩札などが発行されており、暗号資産が乱立する現在にも通じるように思えます。
 この間、産業振興の観点からは、お金を貸す行為が必要であり、現代では預金口座への振込が行われ、預金という負債の発行と与信とがセットになっています。そして預金の引出しで紙幣が発行されます、明治新政府は、まずは自ら太政官札という政府紙幣を発行しましたが、大量発行して信用をなくし失敗します。その後、全国各地に産業育成のため、民間による国立銀行が153行も設立されます。ただ、各地に設立された銀行間の送金(為替取引)をどうするかが課題となりました。これについては、それぞれの銀行が中央銀行に預金口座を持つと、その口座振替で銀行同士の送金が可能になります。いろいろと紆余曲折を経て、紙幣の発行も行う中央銀行に集中することになり、現在の一国に一つの銀行券制度、一行の中央銀行という金融システムに収斂しました。
 しかし、近年変化の動きが出てきています。現在のデジタル通貨を巡る議論では、新しい電子マネーや電子決済手段を提供する民間企業が続々と登場するほか、暗号資産技術を使った価値の安定したステーブルコインの開発も進んでいるようです。また、中央銀行自体が発行する中央銀行デジタル通貨(CBDC)をどう設計し、社会インフラに取り込むのかとの論点もあります。まさに手探りの議論が行われており、明治維新後の変動期との類似性を感じさせます。
 歴史研究は、現在の金融システムや政策にはほとんど無縁のように見えますが、温故知新の格言が活きることも大いにあるように思います。

(参考)
日本銀行金融研究所 設立40周年記念対談
「マネーシステムの歴史を語る」
https://www.imes.boj.or.jp/40year.html

 協会では、PB教育プログラムの改定に伴い、テキスト『新プライベートバンキング』(第1~3分冊)を発刊しました。従来のテキストの内容を一新し、構成もより学びやすいものに改めました。既にPB資格を有している方のブラッシュアップにも役立ちます。詳しくは以下のURL からご覧ください。

・「『新プライベートバンキング』の出版にあたって」
 https://www.saa.or.jp/seminar/news/pdf/pb_publication.pdf

・「新しいプライマリーPB資格試験対応テキスト」
 https://www.saa.or.jp/pb/primary/text/index.html

 1月に開催された日銀の政策決定会合後に金融政策の現状維持と展望レポートが公表されました。展望レポートでは、審議委員の経済・物価の現状と先行きについて数字が示されました。
 金融政策の判断基準となる消費者物価(除く生鮮食品)の見通しは、足元の値上げラッシュを踏まえて、2022年度の実績見込みは上昇修正され前年度比+3%になりましたが、先行き23年度+1.6%、24年度+1.8%と引き続き目標である2%を下回るものでした。なお、今般閣議決定された政府の経済見通しでも、消費者物価(総合)の前年度比は22年度+3.0%、23年度+1.7%でした。
 こうした見通しに基づき、黒田総裁は記者会見で、2%の物価安定の目標を持続的・安定的に達成できる状況が見通せるようになったとは考えておらず、必要な時点まで、長短金利操作付き量的・質的金融緩和を継続すると述べています。
 これまでの大規模金融緩和によって、資金調達金利の低下や円安、株高になり輸出型大企業を中心とした収益の改善、失業率の低下などデフレから脱却したとの評価が聞かれます。その一方で、副作用として金融機関収益を圧迫し、金融仲介機能に悪影響や債券市場の機能低下などが指摘されています。
 日銀と政府が2%の物価上昇目標を盛り込んだ共同声明を2013年1月に連名で発表し、同年4月に黒田総裁が大規模な異次元金融緩和政策を始めてから10年の節目を迎えます。このため大規模緩和の効果と副作用や、2%目標や政策運営に関する点検や検証を求める声も聞かれるようになっています。例えば、先日日銀が公表した昨年12月に開催された金融政策決定会合の議事要旨によれば、一部の委員からは、「消費者物価指数上昇率で表現した数字をどこまで厳密なものとして扱うべきか、議論の余地があるのではないか」とか、「金融緩和の継続が適当であるが、いずれかのタイミングで検証を行い、効果と副作用のバランスを判断していくことが必要である」との意見が述べられていました。
 より素朴な疑問としては、この10年間名目金利がほぼゼロ近傍で推移している中で、低率ながら物価上昇が生じていることから、名目金利から物価上昇率を差し引いた実質金利のマイナスが長期化していることです。預金の実質金利がマイナスなので、家計の実質金融資産価値が目減りしているように思います。また、資金の借り手は金利負担が軽減されて一見有利に見えますが、低収益率の企業の延命や非効率な投資を続けさせることにも繋がっているように思えます。
 今春の日銀総裁・副総裁の任期到来から、後任人事を巡り世間の関心が高まっていますが、人物評にとどまらずに、これを機会に金融政策を巡る実質的な論議が各方面で深まることが望まれます。
(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
日本銀行 経済・物価情勢の展望(2023年1月)
 同   政策委員会 金融政策決定会合議事要旨(2022年12月19,20日開催分)
内閣府  令和5年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度(2023年1月23日閣議決定)
白川方明 政府・日銀「共同声明」10年後の総括(週刊東洋経済 2023.1.21)
(前日銀総裁)

 岸田首相肝いりの資産所得倍増プランを踏まえて、2023年度税制改正で少額投資非課税制度(NISA)が拡充される見通しになりました。そこで、金融庁が公表している足元のNISAの利用状況を確認してみました。2022年6月末時点で1,703万口座あり、内訳は一般NISA1,065万口座、つみたてNISA638万口座でした。なお、このほかに2023年末には新規口座開設が停止されるジュニアNISAが87万口座ありました。国民の10人に1人以上はいずれかのNISA口座を持っていることになります。
 またNISA口座での買付額は、一般型が2014年の制度開始以降の累計で25兆9,272億円、つみたて型が2018年の開始以降で2兆1,055億円となりました。これを単純に上記の口座数で割ると、1口座当たりの金額は、一般型が243万円、つみたて型が33万円となります。ただ、2021年12月末時点の公表データによると、NISA口座を開設していても、買付額がゼロの口座が一般型で50%、つみたて型で28%ありましたので、それを勘案すると、1口座たりの金額は、一般型で486万円、つみたて型で46万円となり、こちらの方が現実に近いのかもしれません。
 そもそもNISAには、日本の家計の金融資産に占める預貯金のウエイトが欧米に比べて高いことから、株式にシフトさせて企業に成長資金を供給するとともに、低金利下での家計の安定的な資産形成を支援する狙いがありました。しかし、日本銀行の資金循環統計をみると、家計の金融資産に占める現預金の比率は、2014年3月末時点で50.7%→2022年9月末54.8%、株式等・投資信託の比率は同13.3%→14.1%とほとんど変わっていません。また、民間企業の設備投資も、令和4年度の経済財政白書によれば、2000年代以降、長期的にわが国企業の投資活動は伸び悩んでいるとしています。このため、現状ではNISAが所期の目的を果たしていると評価することはできないでしょう。
 令和5年度税制改正大綱では、現状では時限措置のNISAを2024年以降も恒久化し、非課税期間を無期限とするとともに、年間投資枠について一般型を120万円から240万円に、つみたて型を40万円から120万円に増額し、一人当たりの非課税限度額を両者合わせて、1,800万円まで拡充するとしています。現在のNISAの年代別利用状況をみると、一般型では70歳代が全体の21.3%、60歳代が20.9%を占めているのに対して、つみたて型では、30歳代が28.6%、40歳代が24.8%となっています。こうした現状を踏まえて今後を展望すると、資金に余裕のある高齢者層が一般型の利用を中心に先行すると思われますが、恒久化されたことから、中堅若手層でのつみたて型が継続することにより、長い目で見れば、全体として貯蓄から資産形成への流れが進むことが期待されます。
 資産所得倍増プランでの目標は、5年間でNISA総口座数(一般・つみたて)を3,400万、買付額を56兆円にと、それぞれ現状から倍増を目指すとしています。それが達成できるか否か予断は持てませんが、非課税限度額が大幅に増額されたことから、プライベートバンカーとしても、これまで以上に活用幅が広がったと言えるでしょう。

(参考)
内閣官房 新しい資本主義実現会議 資産所得倍増プラン
金融庁  NISA・ジュニアNISA利用状況調査 令和4年6月末調査
日本銀行 資金循環統計(速報)2022年第3四半期
内閣府  令和4年度年次経済財政報告 第3章 成長力拡大に向けた投資の課題

2022年 PBマガジン

 本年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022 骨太の方針」の中で、「Web3.0の推進に向けた環境整備の検討を進める」とされたことから、各省庁で新組織の設置や審議会、研究会での議論が盛んに行われており、さながら百家争鳴の様相を呈しています。
 Web3.0については、既にご存じの方も多いと思いますが、デジタル技術の発展に合わせてWeb社会を3段階に分けて捉える考え方です。まずWeb1.0とは、1990年代にパーソナルコンピュータ(PC)が普及し始め、Yahooなどのポータルサイトが立ち上がり、そこが収集して掲載した情報をユーザーが見に行く一方向型の世界でした。2000年代に入り、Web2.0と言われるFacebook、Twitter、Instagram等の巨大なプラットフォームを利用したSNSといった双方向での情報共有が可能となりました。そして、2020年代に入り、Web3.0では、ブロックチェーン技術(分散型台帳)を利用して中央集権的な運営者が存在しなくても情報交換が成立する世界が出現してきたと言います。
 ブロックチェーンを利用した先行例としては暗号資産(仮想通貨)が有名ですが、Web3.0では、NFTやDAOの利用等の推進が期待されています。NFT(非代替性トークン)とは、偽造・改ざん不可能なデジタルデータのことで、デジタルアートやオンラインゲームなどに適用できると言います。DAO(分散型自立組織)は、従来型組織ではトップに権限が集中していた垂直型とは異なり、コミュニティーの参加者が水平につながり、自由に提案し合い合意形成していくと言われます。さらに政府では、メタバース(3次元仮想空間)も含めたコンテンツの利用拡大に向けて、2023年通常国会で関連法案の提出を図るとしています。
 各省庁の検討状況をみると、審議会等においてこの分野の専門家達からは、日本は諸外国に5年ほど遅れているとか、このままでは優秀な人材や事業の海外流出が止まらないといった意見が聞かれます。
 しかし、先行した暗号資産では、結局のところプラットフォーマー的な運営者がおり、一挙に資産価値が減少したり、消滅して破綻する事例が相次いでいます。また、DAOはこれまでの会社や行政組織とは全く異なる意思決定方式になるので、どのような分野で活用できるのか具体的なイメージが出てきていないようです。
 Web3.0は、今のところバズワード(注)と言える段階で、今後の政府の動向を見守り、民間でどのように利活用できるかを慎重に見極めていく必要がありそうです。

(注)流行語で、何か新しい重要な概念を表しているようだが、その実、明確な定義や範囲が定まっておらず、人によって思い浮かべる内容がバラバラであったり、あるいは宣伝文句的に都合よく引用されるような新語や造語、フレーズのこと。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
内閣府    経済財政運営と改革の基本方針2022
        新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~
        2022年6月 閣議決定
経済産業省  産業構造審議会総会(第30回)2022年5月、(第31回)2022年8月
        省内横断組織として「大臣官房Web3.0政策推進室」を設置しました
        (2022年7月)
総務省    Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会
        (第1回)2022年8月、(第2回)2022年9月、
        (第3回~第4回)2022年10月
デジタル庁  Web3.0研究会
        (第1回~第4回)2022年10月、(第5回~第7回)2022年11月

 為替円安が進んでいます(10月31日時点148円/ドル)。投機的な動きともいわれ、為替介入の観測等があるため、本コラムの掲載時点で為替相場がどのレベルにあるかは分かりませんが、昨年11月の114円程度に比べて円安であろうと思われます。
 マスコミの論調では、円安進行の背景には、欧米各国と日本の金融政策の方向性が逆であり、内外金利差が拡大していることがあると言います。確かに、ほぼゼロ金利の円で運用するよりも、高金利のドルなど外貨で運用する方が得だと考えられます。また、これまでは為替円安は日本経済にとってネットでプラス効果があるとの分析が、日本銀行をはじめ各方面から示されています。
 しかし、このところ消費者に身近な食料品、日用品、外食等が国際商品価格の上昇に加えて為替円安によるコストアップを理由に再三にわたる値上げが続いています。こうしたことから、為替円安に対する見方が変わりつつあるように思われます。最近の研究論文では、予期せざる為替変動(為替レートショック)で円安が生じると、短期的には実質GDPは増加し、企業の設備投資が増加するが、家計消費は半年後まで増加した後、全体として減少に転じ、特に低所得層で減少する結果となったと言います。こうした状況下、わが国の金融政策についても議論が起こっています。
 為替相場については、金利差も影響しますが、より長期的には内外の物価上昇率の違いによるという購買力平価の考え方があります。よく知られている「ビッグマック指数」は、世界各国で売られているこの単品の価格を比較して、そこから購買力平価を大胆に計算するものですが、2022年7月時点では、日本の390円に対して米国では5.15ドルなので約76円(390円÷5.15ドル)となります。7月時点の実際の為替相場は約138円でしたので、ビッグマック平価に比べてかなり円安でした。また消費者物価全体で見た購買力平価(国際通貨研究所調査)でも、2022年8月時点で約109円となり、現実の為替相場は円安でした。
 本来、為替相場が購買力平価より円安であれば、長い目で見れば輸出が増加して貿易黒字が拡大し、稼いだドルを円に交換するドル売り円買い取引が増えて円高方向に修正されるとみられていました。しかし現実の為替相場は、2014年頃から購買力平価よりも円安に転じ、その後はむしろその幅が拡大しています。一部のエコノミストは、こうした長期にわたって為替が購買力平価よりも円安であることを「円安パズル」と呼んでおり、その背景には、日本企業の国際競争力が大幅に低下し、輸出品の割安さがなくなってきたのではないかと警鐘を鳴らしています。そして、世の中全体が、輸入品が割高だと受け身な思考に傾きがちになり、グローバル経済の中で稼ぐという外向きの意思が薄らいでいると言います。このため久しく聞かれませんが、「貿易拡大を通じて賃上げ」をとの発想が必要との主張は一聴に値するでしょう。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
日本銀行    「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」(2022年1月)
          (BOX1)為替変動がわが国実体経済に与える影響
丸山雅章ほか  「短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)の構造と乗数分析」(2018)
          ESRI Research Note No.41
北川諒ほか   「予期せざる為替レートの変動とマクロ経済変数」(2022)
          New ESRI Working Paper No.66
日経ヴェリタス 「ビッグマックセット1720円の衝撃 円安、スイスで体感」
          2022年8月14日号
公益財団法人 国際通貨研究所 「ドル円購買力平価」2022年8月
熊野英生    「円安パズルの解明 ~為替が購買力平価よりも円安である理由」
          第一生命経済研究所 Economic Trends  2022年7月6日

 8月末に金融庁から「2022事務年度 金融行政方針」が公表されました。新型コロナウィルス、ウクライナ侵略で先行き不透明感が強まる中で、気候変動問題、デジタル社会、スタートアップ支援など様々な課題に金融面から対応するため、多方面の取り組みが提示されています。
 こうした中でプライベートバンカーにとって関係が深いのは、「国民の安定的な資産形成のため・・・金融事業者による顧客本位の業務運営の確保に向けた取り組みを促す」として、「利用者目線に立った金融サービスの普及に向け、複雑な金融商品の取り扱いを含め、金融商品の組成・販売・管理等に関する態勢整備を促す」としているところでしょう。特に、仕組債は複雑な商品性を有しているため、顧客によっては理解が困難な上、実際にはリスクやコストに見合う利益が得られない場合がある点を強調しています。
 この背景には、6月に公表した「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」において、一部の地域金融機関では、大手証券会社との包括的な業務提携、ネット証券との共同店舗、グループ証券会社との仲介強化の例を挙げて、銀行側が紹介後の具体的な取引内容を把握しておらず、テーマ型ファンドや仕組債を中心とした販売が行われていることがあります。金融庁では、仕組債は中長期的な資産形成を目指す一般的な顧客ニーズに即した商品とし、ふさわしくないと問題点を指摘しています。

 ①商品性に関する問題点

  • 一般的な債券と異なり、当初予定の満期時に元本で償還される可能性が必ずしも高くないこと。
  • 一般的な債券と大きく異なるリスクを引き受けていることの認識が必ずしも十分ではない中で、相対的に高金利が魅力的に見えている可能性があること。

 ②販売体制に関する問題点

  • 顧客が負担するコスト開示や他の運用商品との比較説明といった観点で、商品説明が不十分であること。
  • 顧客の最善の利益に資する真のニーズに応じた販売が行われていない可能性が高いこと。

 マスコミ報道によれば、この金融行政方針を受けて、銀行・証券の中には仕組債の販売を停止する動きや業界団体ではガイドラインを見直す動きがあるとのことです。
 今回は、特に仕組債が槍玉に上がっていますが、顧客本位の業務運営については、形式的・表面的な態勢整備にとどまるのではなく、さらなる深化が求められていると言えるでしょう。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
金融庁 「2022事務年度 金融行政方針
     ~直面する課題を克服し、持続的な成長を支える金融システムの構築へ~」 2022年8月31日
 同  「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」
     2022年6月30日

日本経済新聞 「仕組み債、なぜメガバンクや地銀が販売停止?」 2022年9月18日
 同     「仕組み債、投資初心者は販売対象外 日証協がルール強化」 2022年9月5日

時事通信社  「仕組み債販売で指針 年明けに原案 日証協」  2022年9月21日
 同     「仕組み債、販売見直し相次ぐ 顧客トラブルも -銀行・証券」 2022年9月18日

 4月以降、消費者物価は原油を含む原材料価格の高騰などを背景に前年比+2%超の上昇が続いています。先般公表された今年の経済財政白書(令和4年度年次経済財政報告)では、過去の原油価格上昇局面での経済物価動向と政策対応をまとめているので、そのポイントなどを見ていきます。
 過去を振り返ると、原油価格が高騰した局面は、第1次石油危機(1972~74年、上昇率+370%)、第2次石油危機(1978~80年、同+120%)、前回(2007~08年、同+108%)の3回ありました。今回(2021~22)の上昇率は+154%と第1次石油危機には及ばないものの、第2次石油危機と前回を上回っています。
 原油価格を含む国際資源価格の上昇は、輸入物価を通じて国内物価に影響するので、輸入物価、国内企業物価、消費者物価の上昇率を確認してみましょう。直近7月(速報)の輸入物価は、契約通貨ベースで前年比+25.4%に為替円安が加わって円ベースでは同+48.0%となりました。国内企業物価は、2021年3月から前年比プラスに転じており、7月(速報)の前年比は+8.6%となりました。消費者物価(生鮮食品を除く総合)は、半年遅れの2021年9月から前年比プラスとなり、本年4月以降は+2%超で直近7月は+2.4%でした。徐々に川上から川下に物価上昇が波及しているのが分かります。
 一方、こうした企業物価や消費者物価の上昇率を過去の原油価格上昇局面と比較すると、第1次石油危機はもとより第2次石油危機をも下回っています。現状、原材料価格高騰の製商品価格への転嫁が十分には進んでいないとみられます。そこで過去の原油価格上昇局面の経済動向と政策対応を見ておきましょう。
 第1次石油危機では、それに先立つ1971年のニクソンショックで1ドル360円体制が崩壊し、円高による不況への懸念から金融緩和が続いていたため、原油価格の上昇が物価全般の高騰に広がり賃金引上げにも波及して、物価と賃金のスパイラル的な上昇となりました(過剰流動性インフレ)。政府・日銀では、1973年から物価安定が最優先の政策課題となり、財政金融両面から総需要抑制策が進められました。しかし、いわば急ブレーキを掛けたため、スタグフレーション(不況下の物価高)になり、政策対応が遅かったとの教訓を得ました。
 第2次石油危機では、早期に物価対策が講じられたため、スタグフレーションは回避されました。春闘賃上げ率は1978、79年とも6%程度と当時としては適度なものとなり、企業は、積極的な省エネルギー投資を行ったため、エネルギー消費効率が改善するとともに景気を支えました。
 前回は、世界的な金融緩和が続く中で原油取引への投機マネーの流入で原油価格が急騰しましたが、2008年9月のリーマンショックで投機マネーが逃避したため、原油価格は急落しました。このため企業物価、消費者物価への影響は小さくてすみました。むしろ世界的な景気後退や金融資本市場への対応から、2008年10月、12月と政策金利の引下げが行われました。
 さて、現状をみると欧米では、ウクライナ情勢等を背景としたエネルギー・食料品価格の上昇が、それ以外の商品・サービス価格の上昇にも波及しているため、政策金利の引上げが続いています。敢えて言えば、欧米は第1次石油危機と同じような物価・賃金のスパイラル状況なのかもしれません。一方、わが国では、現時点では、エネルギー・食料品以外の消費財・サービス価格には、ほとんど動きが見られません。こうした違いが、欧米諸国との金融政策スタンスの相違につながっていると考えられます。わが国では、第2次石油危機時のように、適度な賃上げと脱炭素化も含めた省エネルギー投資の積極化が求められていると考えられます。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
内閣府 令和4年度年次経済財政報告
    -人への投資を原動力とする成長と分配の好循環実現へ- 2022年7月29日

内閣府 月例経済報告、閣僚会議資料 2022年8月25日

 金融庁では、2019年の国税庁による法人税基本通達の改正に基づき、「保険会社向けの総合的な監督指針」の一部を改正し、法人向け保険商品で保険本来の趣旨を逸脱した節税(課税の繰り延べ)を訴求した商品開発や募集活動を防止するよう注意喚起してきました。しかし、その後も法人から個人への名義変更による節税を目的とした名義変更プランの販売を推進していたとして、7月14日に当該保険会社に対し初の業務改善命令を発出しました。
 名義変更プランとは、低解約返戻金型定期保険等を活用し、法人から個人(役員等)に名義変更(資産移転)を行うことで、法人と個人の税負担の軽減が可能となる点に着目して、保険期間当初の低解約返戻期間中に法人から個人に名義変更を行い、当該期間経過後に解約返戻金が高くなってから解約することを前提とした保険商品です。法人の支払った保険料が損金算入されることや名義変更を行った時点での低い解約返戻金を評価額とする基本ルール、その後に個人が高額な解約返戻金を得た際の所得が、給与や賞与とは異なって一時所得となり税率が低く抑えられことを悪用したものと言えるでしょう。
 こうした生命保険等を使った名義変更による節税については、国税庁が昨年6月の所得税基本通達の一部改正でその穴を塞いだところですが、当該保険会社では、その後も年金保険を用いて再び法人向けに節税を謳った販売を行っており、今回悪質と判断された模様です。
 いわば金融庁・国税庁と保険会社との間で”いたちごっこ”が繰り広げられていましたが、今回の業務改善命令に合わせて、金融庁では、節税を目的とした保険への対応について国税庁とさらに連携を強化し、事前の商品審査段階および販売開始後のモニタリング段階の両面で情報共有するとしています。さらに広く一般にも、節税目的で販売されている保険商品や保険会社・保険代理店での保険本来の趣旨を逸脱するような募集活動についての情報提供を呼び掛けています。
 法人保険の本来の趣旨は、役員の死亡などへの備えであったはずです。そして、生命保険協会のホームページにあるように、生命保険は大勢の保険契約者が保険料を負担し、それを財源として、誰かが死亡したときや病気になったときに、保険金や給付金を受け取ることができる「助け合い」「相互扶助」の仕組みによって成り立っています。ともすれば忘れられがちなこの保険の基本原則ですが、2021年度から順次始まった新学習指導要領では、中学校の社会科、高校の公民科、家庭科で民間の保険や保険会社が明示的に取り上げられるようになりました。こうした金融リテラシー教育等を通じて、保険本来の趣旨が広く理解されることが望まれます。一部の者が、保険を悪用して不当な利得を得ようとすることは、許されないでしょう。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
金融庁 「マニュライフ生命保険会社に対する行政処分について」2022年7月14日
 同  「節税(租税回避)を主たる目的として販売される保険商品への対応における
     国税庁との更なる連携強化について」2022年7月14日
マニュライフ生命News Release
    「マニュライフ生命に対する行政処分について」2022年7月14日

生命保険協会 「生命保険の基礎知識」

文部科学省 「平成29・30・31改訂学習指導要領」

 5月の消費者物価(全国、生鮮食品を除く総合)は、4月に続き前年比+2.1%と2015年3月以来の高い伸びとなりました。ロシアのウクライナ侵攻長期化に伴う国際的な資源価格の上昇に加え為替円安も続いているため、日本銀行の今年度の消費者物価見通しも1月時点の+1.1%から4月時点で+1.9%と上方修正されています。
 東京大学渡辺努教授によれば、バブル崩壊後つい最近までデフレ状態が続いてきたのは、日本企業に価格据え置き慣行があったためだとされます。しかし、ここにきて輸入価格の高騰を受けて、さすがにコスト転嫁のために価格を引き上げざるを得なくなっており、生産財のみならず生活必需品も含め値上げが広がっています。このように広範な価格上昇は、バブル崩壊後初めてとみられます。これをもって価格据え置き慣行が解消されたと断言はできないまでも、かなり薄れたと言えるでしょう。
 国民の物価に対する見方も変化しています。日銀の「生活意識に関するアンケート調査」によれば、1年後の物価について「かなり上がる」との回答割合が、21/9月8.4%→21/12月13.4%→22/3月20.4%と期を追うごとに高まっています。また、前出の渡辺教授による「5か国の家計を対象としたインフレ予想調査(2022年5月実施分)」をみても、日本の家計のインフレ予想は前回調査(21年8月)では米国・欧州諸国と比べて低かったが、今回は欧米と遜色ない水準まで上昇しています。これらの調査結果からみると、企業、家計とも期待インフレ率は確実に引き上がっていると思います。
 現下の問題は、これまで政府・日銀が目指しながら実現できなかった、物価上昇→賃金上昇→個人消費増加→景気回復といった好循環につながるかです。現時点では、まだ賃金の上昇までを予想する見方は少なく、どちらかと言えば悪い円安によるスタグフレーション(景気停滞下での物価高)を懸念する声の方が大きいようにみえます。
 ただ、企業収益を財務省「法人企業統計季報」で確認すると、20年第2四半期を直近ボトムに22年第1四半期にかけて増益基調にあります。本年3月までは、物価が落ち着いていたこともあって、今次春闘での賃上げ率は2.09%にとどまりましたが、その後の情勢変化を背景に経団連調査の今夏のボーナスは前年比+13.81%と1981年以降で最大の伸びとなっています。これを一つの契機に賃金上昇が中小企業も含め広がるかが、今後の景気動向を見るうえでのポイントとなるでしょう。
 世間の関心は、物価対策として一過性の対症療法に向きがちですが、経済の循環を考えると、中小企業でもコスト転嫁が進むような環境が整い時給やボーナスのアップにつながる道筋をつけていくことが肝要だと思います。

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(参考)
日本銀行 「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」2022年4月28日
 同   「生活意識に関するアンケート調査」(第89回<2022年3月調査>の結果)
      2022年4月7日

渡辺努  「物価とは何か」 2022年1月11日  講談社選書メチエ
 同   「5か国の家計を対象としたインフレ予想調査」(2022年5月実施分)の結果

週刊ダイヤモンド 「特集 ニッポンの「国力」低下危機 円安の善と悪」
          2022年5月21日号

財務省 「法人企業統計調査(令和4年1~3月期)の結果」2022年6月1日

経団連 「2022年夏季賞与・一時金 大手企業業種別妥結状況」2022年6月21日

 路線価などに基づいて算定した相続マンションの評価額が実勢価格より低すぎるとして、国税当局が再評価して追徴課税したことに対して、それを不服とする相続人による上告を最高裁が棄却しました(令和4年4月19日第三小法廷)。これまでも社会的に問題視されてきたマンション節税についての最高裁判決ですので、判決文を読んでみました。
 まず、事案の経緯を時系列でみると、
1.2009年1月、被相続人は信託銀行から6億3千万円借り入れた上で、甲不動産を 8億37百万円で購入。
2.さらに同年12月、被相続人は共同相続人の1名から47百万円、信託銀行から3億78百万円借入れた上で、乙不動産を5億5千万円で購入。
3.被相続人及び上告人は、上記1、2を近い将来に予想される相続において、相続税の負担を減免させるものであることを期待して実行。そして被相続人は2012年6月に94歳で死亡。
4.2013年3月、上告人は財産評価基本通達に基づき甲乙不動産の価額を約3億3千万円とし債務等を控除すると相続税0円と申告。
5.2016年4月、国税当局は不動産鑑定士による鑑定評価額が約12億7千万円であるとして、相続税を約2億4千万円と決定。これを不服として訴訟となった。
6.2022年4月、上告棄却。

 相続財産の評価は、財産評価基本通達に基づき原則として土地は路線価、家屋は固定資産税評価額によりますが、同基本通達総則6項に、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」とあり、本件はこれに基づき不動産鑑定士によって時価評価されました。
 判決では、「評価通達に定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、(総則6項による評価に<編集子が挿入>)合理的な理由があると認められる」とし、「被相続人及び上告人らは、・・・あえて本件購入・借入れを企画して実行・・・租税負担の軽減をも意図してこれを行った・・・そうすると…本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人等との間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」とされました。
 なお、いわゆるタワマン節税については、2017年度の税制改正により低層階の住戸に比べて高層階の住戸の敷地権(土地)の評価を高く補正することとなりましたが、区分所有する建物の価額には変更はありませんでした。
 今後は、マンション購入等によって意図した過度な節税対策は安易には行えないと考えるべきでしょう。ただ、今回の判決でも総則6項適用の合理的な理由について具体的な基準は示されていないことから、今後も不動産を利用した節税を巡る税制の行方や裁判には目が離せないでしょう。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
裁判所 最高裁判所判例集
 令和2年(行ヒ)第283号 相続税更生処分等取消請求事件
 令和4年4月19日 第三小法廷判決
 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91105

週刊エコノミスト 2022年5月24日号
山崎信義 相続税の不動産評価 国税が過度な節税に❝待った❞ 
     最高裁追認も線引きは不明確

 今年に入り、オミクロン株によるコロナ感染者の急増やロシアのウクライナ侵攻に目を奪われていますが、岸田内閣が所得と分配の好循環を掲げる中、この季節、2022年の春闘の結果が明らかになりつつあります。
 連合が4月12日時点で集計した2,737組合の加重平均の賃上げ率は+2.11%、このうち300人未満の中小1,790組合の平均でも+2.06%と、いずれも2019年以来3年ぶりの2%超えとなりました。連合では、先行組合の賃上げの流れを中堅・中小組合がしっかり引き継いだ成果だと受け止めています。また、有期・短時間・契約等労働者も、一般組合員を上回る+2.34%となったとしています。その後も、新聞報道によれば、金融界については3%以上になるとの観測も出ています。
 政府は、昨年11月の第3回「新しい資本主義実現会議」で、看護・介護・保育・幼児教育などの分野で+3%の給与引き上げを表明し、令和4年度税制改正の賃上げ促進税制でも後押ししています。しかしながら、全体としては岸田首相が期待した新しい資本主義にふさわしい3%を超える賃上げには及ばないとみられます。過去をみても安倍政権では2014年以降春闘で賃上げを要請してきましたが、3%に届くことはありませんでした。
 その一方で、今春から資源、穀物等の国際商品価格の上昇に円安進行も加わり、消費財の値上がりが続いています。このため、前年を上回る賃上げが実施されても、物価上昇で相殺されて実質賃金が2%上昇することは期待できないとみられます。既にコロナ対策で財政赤字が拡大しているほか、超金融緩和も長期化しており、所得と分配の好循環をオーソドックスな財政金融政策で実現していくことは難しいでしょう。
 政府では、4月12日に第5回「新しい資本主義実現会議」を開催し、「コロナ後に向けた経済システムの再構築」を議論し、イノベーションの担い手であるスタートアップの育成のため、個人金融資産やGPIF等の長期運用資金の循環、個人保証や不動産担保によらない成長資金調達、IPO(新規株式公開)プロセスの見直しなどを挙げています。6月には、実行計画をまとめるとしていますので、今後、具体的にどのような施策が打ち出されてくるのか注目していきたいと思います。

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(参考)
連合 Press Release(2022年4月14日)
  中小組合が多く回答を引き出し「賃上げの流れ」を堅持
     ~2022春季生活闘争 第4回回答集計結果について

日本経済新聞 朝刊(2022年4月21日)
  三菱UFJ3.5%超賃上げ

内閣官房 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/index.html
  第3回「新しい資本主義実現会議」(2021年11月26日)
  第5回「新しい資本主義実現会議」(2022年4月12日)

 これまで事業承継、相続対策では、現経営者の意思能力がしっかりしていることを暗黙の前提としてきたように思います。しかし、65歳以上の認知症高齢者は、2012年の約7人に1人から2025年には約5人に1人になるとの推計もありますので、今は元気な経営者でも年齢が高くなるにしたがって、体力とともに意思能力も低下していくリスクは増大していくと考えられます。
 2020年の民法改正では、第3条の2に「意思能力」について新設され、「法律行為の当事者が意思表示をしたときに意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と明文化されました。これまでも判例では、そのように認められてきましたので実務には影響ないと言われます。しかし、企業オーナーの場合、意思能力を欠くと、自社株の議決権行使ができず、取締役の選任・解任、定款変更、事業譲渡などが実行できなくなります。不動産オーナーの場合は、所有する賃貸不動産について契約、修繕、建て替え、延滞家賃の督促、明け渡し請求などが行えません。
 また、認知症になると、本人確認ができなくなり、預金の引き出しなど銀行取引が難しくなることは知られていますが、さらに本年1月から実質的支配者リスト制度が創設され運用が開始されました。これは、株式会社等がマネーロンダリング等による法人の悪用を防止する観点から、その法人の議決権を保有する実質的支配者のリストを商業登記所(法務局)に登録する制度です。そして金融機関等にそのリストの写しを提出することになります。株主名簿上では、大株主であっても「当該法人の事業経営を実質的に支配する意思又は能力を有していないことが明らかな場合」は実質的支配者とはなりません。つまりオーナーが認知症になった場合は、銀行等との取引が原則としてできなくなります。
 経営者の中には、事業承継や相続の話をすると、未だに「俺を殺す気か」と反発する方もおられるようです。また、それなりに理解があっても遺言まで作成する方は少ないようです。ましてや自分が生存中にもかかわらず、認知症などで意思能力を失うことを想像することには抵抗感が強いと思われます。
 しかし、事業の存続が最優先課題であれば、オーナーの認知症リスクも避けては通れません。認知症対策として思いつくのは、成年後見制度ですが、これは認知症となった本人の財産を守ることしかできませんので、オーナーへの対策としては不十分です。そこで対策の一つとして、民事信託を利用する方法が挙げられます。信託によって、財産権と議決権を分けて、オーナーは受益者として財産権を持って配当を受領し、受託者である後継者に議決権を与えることが基本となります。ただ、その議決権の行使についてオーナーの指図権というオプションを付けることもできます。オーナーの意思能力がある間は、指図権を行使しますが、認知症になれば指図はできず、受託者である後継者が議決権を行使することになります。こうした民事信託については、まだ広く普及するには至っていませんが、今後、事業承継や相続の際の選択肢になるものと思われます。

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(参考)
内閣府 平成29年度版 高齢社会白書 19ページ
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/html/zenbun/index.html

法務省 民法改正に関する説明資料 34ページ
https://www.moj.go.jp/content/001259612.pdf

全国銀行協会 金融取引等の代理等に関する考え方
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/news/news330218.pdf

法務省 実質的支配者リストの創設
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00116.html

当協会 第21回PBスクール
 セッション1 事業承継対策と民事信託のかかわり方
        成田一正講師
 セッション2 認知症対策を切り口としたロイヤルカスタマーへのアプローチ 
        杉谷範子講師
https://www.saa.or.jp/pb/seminar/capacity/index.html

 中小企業の事業承継は、同族内での後継者難からM&Aの比率が高まっています。しかし、M&Aは手段であってその後の事業の成長につなげることこそが重要です。そのためには、M&A実施前の経営状況や経営課題等の現状把握(見える化)、経営改善等(磨き上げ)はもとより、M&A実施後の経営統合(PMI:Post Merger Integration)がしっかりと実現されなくてなりません。
 中小企業庁では、第三者承継に対象を絞った「事業引継ぎガイドブック」(2015年)を改訂した「中小M&Aガイドライン」(2020年)によって、それまでM&Aに抵抗感のあった後継者不在の中小企業経営者が安心してM&Aに取り組めるように後押しをしてきました。これらの施策もあって、M&Aの件数は増加しています。しかし、中小企業経営者やM&A支援機関においてはM&A契約締結自体がゴールとなってしまい、その後のフォローが不十分と言われています。こうしたことからM&A実施後の満足度をみると、期待を下回っているとの回答が24%にもなっています(中小企業白書2018年)。そして、M&Aの実施に際して、譲受側には、期待するシナジー効果の発現や円滑に組織融合できるかの心配がある一方、譲渡側には、M&A後の従業員の雇用、事業の将来性、取引先との関係維持を重視する声が多いことが分かりました(中小企業白書2021年)。
 こうしたことから、中小企業庁では、事業承継ガイドライン改訂検討会の下に、中小PMIガイドライン(仮称)策定小委員会を設置して、昨年10月から検討を進めています。小委員会はこれまで4回開催され、本年2月にはガイドラインの大枠が示されています。その構成は、序章に続く第1章総論では、なぜPMIが必要なのか、PMIの基本的な考え方、中小PMIの全体像、第2章各論では、体制、基礎編、発展編と整理されています。具体的な内容は、3月に開催予定の第5回小委員会での最終レビューと、その後の事業承継ガイドライン改訂検討会での最終確認を経て、事業承継ガイドラインの改訂と併せて公表される運びです。
 なお、これまでの小委員会で議論された資料は公表されており、アンケートや事例などが掲載されていますので、関心のある方には参考になると思います。また、PMIプロセスでの外部支援機関の役割イメージが提示されていますので(第4回)、皆さまがどのように関われるかを考える際に役立つでしょう。さらに、こうした外部の専門家をコーディネートする役割を果たす者も必要になってくると考えられます。

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(参考)
中小企業庁 中小PMIガイドライン(仮称)策定小委員会(第1回)配布資料
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/pmi_guideline/001.html

同(第2回)配布資料
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/pmi_guideline/002.html

同(第3回)配布資料
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/pmi_guideline/003.html

同(第4回)配布資料
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/pmi_guideline/004.html

 年明け早々に、東京証券取引所から、本年4月の現状5市場から3市場への再編について、上場企業3,777社の移行先が公表されました。東証によれば、この再編の狙いは、①投資家にとって、わかりやすく利便性が高い市場へ、②上場企業にとって、企業価値向上への確かなモチベーションとなる市場へ、の2点にあると言います。
 注目された現在の市場第一部2,185社のうちプライム市場を選択した会社は1,841社と、約8割がプライム市場に移行することとなりました。ただし、1,841社のうち296社はプライム市場の上場維持基準(流通株式時価総額、流通株式比率、売買代金)を満たしておらず、基準適合に向けた計画を開示して、成長戦略の実施による企業価値向上、政策保有株縮減や自社株消却等による流動性の改善に取り組むこととなりました。
 新聞報道などでは、今回の移行先について、「絞り込み先送り」、「改革道半ば」といった見出しが目立ちましたが、基準未達企業が明らかになり、適合計画を公表した意義は大きいと思います。本年4月期決算会社から基準未達の場合には、事業年度末から3か月以内に適合計画の進捗状況を開示するよう求められており、実効を上げるよう迫っています。約半数の118社は計画期間を3年未満としていますので、達成か未達かは注目に値します。さらに、3年以上とした企業に対する投資家の見る目は厳しくなると思います。
 また、市場再編を契機にプライム市場と東証株価指数(TOPIX)の対応関係が見直されます。新市場発足時には、既存のTOPIX構成銘柄は選択市場に関わらず全て継続採用されますが、10月末以降、流通株式時価総額100億円未満の銘柄は四半期ごと10回に分けて逓減させるとしています。第1回目の対象銘柄は10月7日に東証ウェブサイトで公表されます。今後プライム市場に上場していても、新TOPIXに採用されない銘柄も出てくると予想され、こうした面からも未達企業へ企業価値向上等へのプレッシャーが掛かると思われます。
 なお、東証では、今回のTOPIXの見直し以前から、対象銘柄を規模で区分したニューインデックスシリーズとして時価総額、流動性の特に高いCore30銘柄、それに次いで高いLarge70銘柄などを公表しています。これらの指数は、毎年10月に定期的に銘柄選定をして見直しています。
 投資家からみると、各企業の企業価値や流動性の向上への取組みと実績に注目が集まるほか、パッシブ運用のインデックス投資においても、株価指数の構成銘柄への関心が高まるものとみられます。

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(参考)
東京証券取引所 上場会社による新市場区分の選択結果
https://www.jpx.co.jp/equities/market-restructure/results/index.html

同 株式指数の見直し
https://www.jpx.co.jp/equities/market-restructure/revisions-indices/index.html

 明けましておめでとうございます。コロナ禍が少し落ち着きを見せましたので年末年始に帰省された方、あるいは帰省せずにふるさと納税をされた方もおられるかもしれません。お正月は故郷を思うよい機会ですので、ふるさと納税について考えてみました。
 ふるさと納税は、「納税」と言われますが、実際には都道府県や市町村への「寄附」と自己負担額2千円を除いた額が収入や家族構成等に応じた上限はあるものの所得税及び住民税から「控除」されるものです。また、多くの場合に寄附した地方公共団体からは「返礼品」が贈られます。開始時の2008年度のふるさと納税受入額は81.4億円、受入件数は5.4万件でしたが、2020年度には、6,724.9億円、3,488.8万件まで急増しています。この間には、行き過ぎた高額な返礼品競争もあり、2019年には、返礼品は寄附額30%以下の市場価格の地場産品に限定すると是正されました。
 現状、ふるさと納税は返礼品目当てが多いと思いますが、大地震の後には被災地への寄附も増えると言います。ところで総務省では、ふるさと納税には3つの意義があるとしています。第1に納税者が寄附先を選択する制度なので、その使われ方を考えるきっかけになる、第2に生まれ故郷に限らず、これから応援したい地域への力にもなれる、第3に各自治体が国民に取組をアピールすることで自治体間の競争が進み、地域のあり方を改めて考えるきっかけになる、です。ふるさと納税に関する現況調査結果(令和3年度実施)をみると、資金の使途が一任ではなく選択できるが97.1%であり、選択できる範囲も分野のみならず個別事業まで具体的になりつつあります。そして寄附者に対して寄附金充当事業の進捗状況や成果の報告等を行っている先も増加しています。税金とは異なり、寄附に際して資金使途が選択でき、その成果等の報告も受けられる点は、もっと注目されてもよいと思います。
 また、平成28年度に「企業版ふるさと納税」も創設され、地方公共団体が行う地方創生の取り組みに対する寄附について法人関係税を税額控除できるようになりました。こちらには、特に顕著な功績を上げ、今後の模範となる活動を行った企業や地方公共団体に対し、内閣府特命担当大臣(地方創生)が表彰する制度もあり、目に見える形で社会貢献ができる仕組みとなっています。
 わが国には、寄附行為が欧米に比べてあまり根付いていないと言われることもありますが、本来は税金で受動的に徴収されるはずのところを、主体的に使い道とその成果が見える寄附に振り替えることのできる、いわば自分の懐から新たな持ち出しの少ない、ふるさと納税をいままでとは異なる視点で考えてみてもよいでしょう。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
総務省 ふるさとの納税ポータルサイト
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/080430_2_kojin.html

総務省 令和3年度ふるさと納税に関する現況調査結果
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/topics/20210730.html

内閣官房・内閣府 企業版ふるさと納税ポータルサイト
https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/kigyou_furusato.html

内閣府地方創生推進事務局 令和2年度「地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)に係る大臣表彰」受賞者決定
https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/dai3kai_kettei.pdf

2021年 PBマガジン

 現在話題の映画「老後の資金がありません!」を観てきました。笑いあり、涙あり、怒りありと深刻になりがちな話題をコメディ仕立てにしていて楽しめました。原作は2015年出版ですが、2019年の金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」の中で、老後資金不足額が2千万円と指摘され社会問題となったことが、映画製作の契機となったと聞きます。そこで、改めて2千万円不足について確かめてみました。
 その根拠は、総務省家計調査年報2017年版で、高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の家計収支が毎月54,519円不足となっていることでした。これを基に、上記報告書では「不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取崩しが必要になる」とされ、2千万円の数字だけがマスコミに取り上げられて大問題となりました。
 しかし、その後の家計調査年報をみると、高齢夫婦無職世帯の毎月の家計収支は、2018年41,872円不足、2019年33,269円不足と赤字幅は縮小し、2020年には1,111円の黒字となっています。ただ、2020年の黒字化には、収入面でコロナ対策として国民一人当たり10万円の特別定額給付金があったうえ、支出面では外出自粛もあって教養娯楽費や交際費が抑制されたためと考えられます。ただ、いずれにせよ2千万円不足という金額の根拠は失われているとみるべきでしょう。一部の識者は、この問題点を指摘していますが、マスコミ等ではほとんど報じられていないため、世間一般では、いまだに2千万円不足が固定観念となっているように思います。今一度、冷静に議論すべきではないかと考えられます。
 ただし、そもそも家計の収入、支出のライフスタイルは各世帯で千差万別ですので、世帯平均だけで議論することには限界があることも認識しておくべきでしょう。理想は、各個人が自分の収入、支出の見通しを持ち、それに基づき将来の収支シミュレーションができるようになることだと思います。そのためには、時間はかかっても金融教育の充実が望まれます。
 ところでプライベートバンカーの顧客層にとっては、2千万円不足問題は無縁と思われているかもしれませんが、事業承継をどうするか、相続対策をどうするかを考える際には、その前提として、自身のリタイヤ後の将来生活設計とそれに伴う収支計画があるはずです。プライベートバンカーは、企業オーナーへの後継者育成やM&Aなど事業面や一族の相続税対策等へのアドバイスもありますが、リタイヤ後の生活設計についてもアドバイスできることが求められているように思います。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です。2021年10月21日執筆)

(参考)
金融庁 金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603.html

総務省 家計調査年報(家計収支編)
https://www.stat.go.jp/data/kakei/npsf.html

 このところ「分配」がキーワードとして急浮上しています。総選挙でも論戦がなされ、これから来年度予算編成等を通じて具体策が打ち出されてくるとみられます。ただ、分配問題については、それぞれの立場の利害が絡んでくるため客観的なデータ等に基づいた冷静な議論が望まれます。
 まず分配と聞いて頭に浮かぶのは、正社員に比べて雇用が不安定で賃金も相対的に低い非正規労働者が増加する一方で、株価高や配当を享受する富裕層との所得格差の拡大だと思います。この点は、これまでも税制、労働法制、社会保障制度等による再分配が議論されています。
 ここにきて注目されているのは、労働分配率です。岸田首相の所信表明演説の中で、働く人への分配機能の強化と労働分配率向上が打ち出されました。そこで今回は、労働分配率について調べてみました。
 労働分配率とは、企業が事業活動により生み出した付加価値額のうち、どれだけが労働者に分配されているかを表す指標です。財務省「法人企業統計調査年報」を基に、その推移をみると、年により振れはあるものの5年間平均では、2001~05年:72.0%→06~10年:71.9%→11~15年:70.1%→16~20年:68.0%と低下傾向にあります。それ以外の付加価値は、①企業自身と株主向けの営業純益、②金融機関向けの支払利息等、③不動産等所有者向けの動産・不動産賃借料、④国や地方公共団体向けの租税公課となっています。このうち、②~④の比率に大きな変動はありませんが、①の営業純益が付加価値に占める率を上記と同じ5年間平均の推移でみると、10.2%→10.5%→14.0%→17.3%と上昇しています。営業純益は、株主への配当や企業の内部留保に回っているので、配当や内部留保でなく、賃金を引き上げるべきとの主張もあります。
 ただ、21世紀入り後の20年間の付加価値額合計は微増にとどまっています。こうしたことから、中小企業白書(2020年版)では、「収益拡大から賃金引上げへの好循環を継続し、我が国経済を成長・発展させていくためには、起点となる企業が生み出す付加価値自体を増大させていくことが必要であるといえよう」と記しています。そして付加価値額を継続的に増やしていくには、従業員一人当たり付加価値額(労働生産性)の増大が必要とも述べています。因みに、日本生産性本部によると、わが国の労働生産性はOECD加盟37か国中21位と低位にとどまっています。
 今後、国会審議等を経て、分配や生産性向上について、どのような具体的な政策が打ち出されるか予断を許しませんが、賃金政策(最低賃金、春闘ベア等)、生産性向上への投資(DX推進、研究開発等)、従業員への教育など、様々な観点からの施策が考えられると思います。企業オーナーを主要顧客とするプライベートバンカーにおいては、今後も目の離せない話題です。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です。2021年10月21日執筆)

(参考)
財務省 法人企業統計調査
https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/index.htm

中小企業庁 2020年版中小企業白書
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html

(公財)日本生産性本部 労働生産性の国際比較2020
https://www.jpc-net.jp/research/detail/005009.html

 コロナ禍で人々の生活実感がどうなっているか気になります。内閣府が9月に公表した「満足度・生活の質に関する調査報告書2021~我が国のWell-beingの動向~」によると、2021年3月の生活満足度(総合的な満足度)は、東京圏、女性を中心に低下しました。この調査では13分野別に満足度を聞いていますが、このうち「健康状態」、「社会とのつながり」、「生活の楽しさ・面白さ」の満足度が、コロナ感染への不安、友人等との交流の減少、気分の沈み等によって、地域別には地方圏に比べて東京圏、男女別には女性の方が悪化しました。
 また、年齢別には、65~89歳の高齢層は概ね横這いでしたが、40~64歳のミドル層の低下幅が大きく、15~39歳の若年層では、低下した人と上昇した人の割合がともに35%と高くなりました(つまり若年層で前年と変わらない人は30%)。
 そして「収入減少により困っている」との質問に対して、高齢層の7割は該当しないと回答した一方で、若年層、ミドル層の4割が困っていると回答しています。年金受給者が主体の高齢層の生活は相対的に安定していますが、ミドル層、若年層に悪影響が出ており、世代間格差がみられます。
 こうした中で分野別満足度が上昇した項目もみられます。「家計と資産」、「雇用環境と賃金」といった経済分野が改善しています。上記の回答やGDP、失業率が悪化する中では、一見矛盾するように見えますが、この点について内閣府は、2020年末まではコロナ下でも定額給付金等から可処分所得が増加し、外出自粛で消費支出減・貯蓄増で、金融資産残高が上昇したためと分析しています。しかし、その後の動向のフォローが必要だと思います。
 このほかにも、「通勤時間の減少により満足度が上昇している」、「スポーツ等の健康づくりにより満足度が高まる」、「趣味・生きがいの有無が満足度と大きく関係している」との結果も示されています。
 また、SNSの利用頻度が増加した者の割合は年齢が高くなるほど上がり、交流者数が増加して「社会とのつながり」の満足度が上昇していると報告されています。コロナを契機にデジタル難民とみられていた高齢層にも変化が起きているようです。
 「家にいる時間が長くなり、同居の家族との関係が難しくなった」とのハッとする質問もあって、男女ともに2割強が困っていると回答しています。男性よりも女性が、年齢層が低いほど、そして世帯人数が多いほど、困難との割合が増えています。これは、若年層の約6割が「友人・知人との交流減少に困っている」と回答しているのと深く関係がありそうです。
 以上、紹介した内閣府の「満足度調査」は、コロナ以前の2019年から年1回のペースで実施されています。今後も継続調査されることにより、GDPに代表される経済指標だけでは分からない満足度の動向を長期的に把握できると期待されます。本年6月に閣議決定した骨太方針2021では「政府の各種の基本計画等について、Well-beingに関するKPIを設定する」とありますので、今後もウォッチしていく必要があるでしょう。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
内閣府満足度・生活の質に関する調査
https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/index.html

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が公表している運用状況をみると、2019年度に前年度比▲5.2%と落ち込んだ後、2020年度同+25.15%、2021年度第1四半期期間収益率+2.68%と好調を続けています。マスコミは、マイナスが出た際には大きく報道して年金不安を煽っていますが、プラスの場合はほとんど取り上げないので、多くの人はこの事実を知らないのではと思います。
 今回は、市場運用を開始した2001~2020年度の運用実績を踏まえて、長期運用と国際分散投資の効果を確認していきます。
 この20年を振り返ると、前年度に比べて収益がプラスであったのは13年、マイナスであったのは7年でした。プラスの最大は2020年度の+25.15%、マイナスの最大は2008年度の▲7.57%でした。市場でリスクテイクしながらの運用ですから、大きく変動することは当然であり、注目すべきは20年間累積のリターンが年率+3.70%と目標リターンの賃金上昇率プラス1.7%を上回っていることです。
 それを可能にしたのは、基本ポートフォリオの見直しを図り国際分散投資を進めたことです。市場運用開始前は、年金積立金の全額が旧大蔵省資金運用部に預託されており、預託金利は国債に即していました。市場運用開始後、徐々に国内債券のウェイトを低下させる一方で、国内株式、外国債券、外国株式のウェイトを引き上げてきており、2020年度以降は、4資産のウェイトは各々25%としています。そして各資産の20年間の年率収益率をみると、国内債券1.44%、国内株式3.88%、外国債券4.72%、外国株式6.88%となっており、外国債券・株式が全体の収益率を高めるのに寄与していることが分かります。一定の条件を想定したシミュレーション結果を基に長期国際分散投資を勧める資料をよく目にしますが、これに対してGPIFの運用実績には、より説得力があると思います。
 ただ、それならばGPIFはもっと外国債券・株式のウェイトを高めていたらよかったのではないかとか、一般個人もGPIFと同じ基本ポートフォリオでよいのではないかといった疑問があろうかと思います。前者については、GPIFの公表資料に各資産のリスク(収益率の標準偏差)は示されていませんが、外国資産のウェイトを高めると収益率の振れ幅が大きくなり、安定的な運用の面からは今以上に問題が出てくるように思います。また、後者については、GPIFの場合、目標リターン(賃金上昇率プラス1.7%)を最小限のリスクで達成するとの想定で、運用期間も100年後を展望した長期を前提としています。これに対して、個人の場合は、各人のリスク・リターンの志向や年齢に応じて運用期間の想定もかなり異なると思いますので、GPIFの基本ポートフォリオが誰についてもベストであるとは限りません。やはり顧客のライフプランをよく聴いたうえで、顧客本位の提案をすることが重要であることは肝に銘じておく必要があるでしょう。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)
https://www.gpif.go.jp/

 国税庁が7月1日に公表した相続税や贈与税の算定基準となる令和3年分(2021年1月1日時点)の路線価は全国平均で▲0.5%と6年ぶりに下落しました。その背景には、新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、在宅勤務で都心のオフィスや繁華街の人出が減少したほか、インバウンド(訪日外国人客)の落ち込みで観光地でも閑古鳥が鳴くようになり、賃料の下落や土地取引の減少などがあったと考えられます。
 都道府県庁所在地の最高路線価をみると、今年は上昇8地点、横ばい17地点、下落22地点で、昨年の上昇38地点、横ばい8地点、下落1地点と様変わりとなっています。こうした中で特徴点を挙げると、地価全国一で有名な東京銀座「鳩居堂」前が▲7.0%と下落に転じた一方で、首都圏では横浜(+3.1%)、千葉(+3.5%)は連続して上昇し、さいたまは横ばい(0.0%)にとどまっています。それに対して、下落幅が全国で一番大きかった奈良(▲12.5%)をはじめに関西圏では大阪(▲8.5%)、京都(▲3.0%)、神戸(▲9.7%)もマイナスとなっており、「東高西低」と言えます。
 因みに、都道府県別の転出入者数をみても、東京への転入者超が大幅に縮小している一方で、神奈川、千葉、埼玉への転入者超は高水準を続けています。この間、大阪への転入者超が縮小する中で、奈良、京都、兵庫からの転出者超が続いており、地価動向と整合的な姿となっています。
 気になる地価の先行きについては、国土交通省の地価LOOKレポートをみると(本年4月1日時点調査)、東京圏(43地区)では上昇10地区(前回1月1日時点、6地区)、横ばい23地区(同26)、下落10地区(同11)、大阪圏(25地区)では上昇6地区(同4)、横ばい8地区(4)、下落11地区(17)と、どちらも前期に比べて上昇が増加の一方、下落が減少しており、全体として下げ止まりが窺われます。
 ご存じのとおり、路線価は、公示地価の約8割と言われますが、地価公示や都道府県地価調査に比べて調査地点数が多いので、気になる土地について情報を得るのに役立ちます。また、地価LOOKレポートは、調査地点が100地区と数は少ないですが、主要都市の地価動向を先行的に表しやすい高度利用地について四半期毎に調査し、各調査地点について不動産鑑定士のコメントも掲載されているので参考になるでしょう。

(本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です。なお、都道府県別転出入者数の動向は、地価LOOKレポート参考資料P83を基にしています。)

(参考)
国税庁令和3年分路線価図・評価倍率表(令和3年7月1日)
https://www.rosenka.nta.go.jp/
国土交通省主要都市の高度利用地地価動向報告~地価LOOKレポート~
【第54回】令和3年度第1四半期(令和3年6月)
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/content/001407640.pdf

 金融庁は、2017年3月に「顧客本位の業務運営に関する原則」(以下、原則)を公表し2021年1月に改訂しました。さらに4月には、金融審議会市場ワーキンググループ報告書を踏まえて、本原則の採択事業者のリストを公表する際には、各金融事業者の取組方針や取組状況を項目毎に比較できるようにし、金融事業者による好事例と不芳事例を比較分析できるようにしていくと表明しました。
 これに伴い、各金融事業者に対して単に原則2~7について実施するか否かだけではなく、各原則の内容毎にその取組方針の記載内容との対応関係を6月末までに報告するよう求めています。また、「顧客本位の業務運営の取組方針等に係る金融庁における好事例分析に当たってのポイント」(以下、ポイント)も公表しました。
 今回は、金融庁が求める具体的なポイントについて、その内容の一部を紹介します。
 原則2【顧客の最善の利益の追求】では、「顧客の最善の利益」の実現状況を確認するための指標が示されている。当該指標の背景となる「顧客の最善の利益」の考え方が具体的に示されている等々。
 原則4【手数料等の明確化】では、顧客がニーズに合った商品を選択できるような情報提供の仕組みが示されている。例えば、①同一あるいは類似の商品について、対面・非対面等の販売態様で手数料その他の費用の詳細が異なる場合、②同一のベンチマークと連動した成果を目指すインデックスファンドについて、販売手数料率や信託報酬率の異なる複数の商品が取り扱われている場合に、顧客の選択に資する情報提供の仕組みが示されている等々。
 原則6【顧客にふさわしいサービスの提供】では、顧客に販売・推奨等を行った商品や、当該商品の販売・推奨等の方法が、顧客にふさわしいものであることを確認・検証するための方法や基準等が具体的に示されている。金融商品・サービスの販売後において行うフォローアップについて、どのような場合に実施するか・目的・内容等が具体的に示されている等々。
 原則7【従業員に対する適切な動機づけの枠組み等】では、取り扱う金融商品・サービスや顧客へのアプローチ・提案内容と照らし合わせて、営業員に求められるスキル(資格の保有を含む)が具体的に示されている等々。
 以上みてきたとおり、フィデューシャリー・デューティーを実現するには、これまでのともすれば顧客と金融事業者との間の情報の非対称性に基づきがちなビジネスからの徹底的な脱却と厳格な説明責任が求められていると考えられます。
 こうした中で、プライベートバンカー(PB)およびPB資格の持つ社会的意義と優位性が、これまで以上に世間で認められるようにしていくことが重要だと思います。

(なお、本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
金融庁金融事業者における顧客本位の業務運営のさらなる浸透・定着に向けた取組みについて(令和3年4月12日)
https://www.fsa.go.jp/news/r2/kokyakuhoni/202104/fd_2021.html

同 顧客本位の業務運営の取組方針等に係る金融庁における好事例分析に当たってのポイント(令和3年4月12日)https://www.fsa.go.jp/news/r2/kokyakuhoni/202104/fd_point.pdf

 前回、パッシブファンドのベンチマークの代表であるTOPIX(東証株価指数)の見直しについて紹介しましたが、アクティブファンドの運用成績が気になったので調べてみました。とは言えアクティブファンドの設定数は膨大ですので、サンプルとして金融庁が公表しているつみたてNISAの対象ファンドのうち国内株式を中心に運用している7本について、TOPIX、日経平均のインデックス運用と比べてみました。
 つみたてNISAの開始は2018年でしたので、過去3年間のリターン(年率)をみると、アクティブファンド7本中5本はTOPIXを上回り、リスク対比でみたリターンであるシャープレシオも同様でした。参考までに過去10年間で見ても概ねこの傾向は変わりありませんでした。こうしてみると、アクティブファンドは、独自のリスクテイクにより市場平均を上回るリターンを得ており、かなり健闘しているようです。
 ただ、もう1つの代表的なベンチマークである日経平均と比べると、リターン、シャープレシオのいずれで見てもアクティブファンドの運用成績は一部のファンドを除き明確な優位性はありませんでした。日経平均は、日本を代表する225社の株価平均であるため、値の張るハイテク主導の輸出関連企業の影響を受けやすくリスクも大きい一方、TOPIX(2192社)は、株価でなく時価総額ウェイトの大きい内需関連の影響を受けやすいと言われます。
 ここで各アクティブファンドの組入銘柄数をみると、少数集中の30社から日経平均の社数を上回る広範な成長企業268社まであり違いが大きいのが分かります。そして、各々のファンドは独自の運用方針に基づいているため、TOPIXをベンチマークとしてそれを上回るパフォーマンスを目標とするファンドがある一方で、ベンチマークを置かないファンドもあります。中にはリターン5%程度、リスク10%以内を運用目標にしているファンドもあります。なお、今回の7ファンドの中には、日経平均をベンチマークとしたものはありませんでした。
 以上みてきた通り、顧客に日本株での資産運用をアドバイスする際には、顧客のライフプラン、リスク許容度はもとより、アクティブファンドを勧める場合には、単にこれまで市場平均を上回る運用成績を上げているかどうかだけでなく、投資対象企業や運用方針までしっかりと説明して納得を得る必要があるでしょう。

(なお、本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
金融庁つみたてNISAの概要
https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/about/tsumitate/overview/index.html

 皆様の資産運用アドバイスは、市場に連動するインデックスに軸を置いたパッシブ型でしょうか、それとも個別銘柄を選別してインデックス+αまたは絶対リターンを狙うアクティブ型でしょうか。あるいはコアをパッシブにしてサテライトをアクティブといった混合スタイルもあるかもしれません。
 現状をみると、常にインデックスを上回る成果を挙げ続けることは難しいため、パッシブ運用が主流になっているようです。因みに、金融庁のつみたてNISAの対象商品をみても、全193本のうちアクティブ運用投信は僅か19本で、大多数がインデックス投信とETFとなっています(2020年12月23日時点)。
 日本株のインデックスは、日経平均株価(日経225)とTOPIX(東証株価指数)の2つがメインとなっていますが、TOPIXが東証の市場構造の再編に伴い見直されることとなりました。今回市場再編を行うのは、①現在の5つの市場区分が曖昧で、特に市場第二部、マザーズ、JASDAQスタンダード、JASDAQグロースの位置付けがわかりにくいこと、②市場第一部へのステップアップ基準が低いほか、降格や上場廃止基準も緩いため、持続的な企業価値向上への動機づけが乏しいこと(換言すればいわゆるゾンビ企業が滞留)、③この結果、市場第一部の全ての銘柄で構成されるTOPIXには時価総額や流動性の低い銘柄が多く含まれ、インデックス投資の対象として機動性や市場代表性を有していないこと、が理由として挙げられています。
 この結果、2022年4月にプライム、スタンダード、グロースの3市場に再編されることになりました。各市場に上場される銘柄は、時価総額、流動性、ガバナンスを基準に来年1月に決定される予定です。
 しかし、プライム市場の株価指数が直ちに新TOPIXになる訳ではありません。今回の市場再編に伴い、市場区分とTOPIXの範囲は切り離されることになり、現在のTOPIXとの連続性も考慮しつつ、より流動性を重視して選定することになります。具体的には、2022年10月以降、流通株式時価総額100億円未満の銘柄を四半期ごとに10段階で低減させていくとしています。これまでTOPIXが日本の株式市場全体を代表するものとして、別格扱いする向きもあるようですが、今後の見直しにより現在の市場第一部の約2,100社から銘柄数は減少すると予想されます。
 日本銀行では本年3月の金融緩和の点検で、これまでETFの買入れはTOPIXと日経平均を中心に実施してきましたが、今後は、個別銘柄に偏った影響ができるだけ生じないように指数の構成銘柄の最も多いTOPIXのみに変更しました(ただし、設備・人材投資に積極的に取り組む企業を対象としたETFの買入れは継続)。このため、TOPIXの見直しが今後の金融政策にどのように影響するのか否か目が離せないと思います。
 また、投資家にとって魅力の高い会社として時価総額、売買実績、ROEなどを基準に選定した上位400社から構成される「JPX日経インデックス400(2014年公表開始)」と、TOPIXの見直しとの関係はどうなるのかも気になるところです。
 これまでパッシブ運用のインデックスについては、外生的な与件として深く考えることはなかったとすれば、これを契機にインデックスの具体的な内容や意味合いを改めて考えてみる価値はあると思います。

(なお、本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
日本取引所グループ「市場構造の在り方等の検討」
https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/market-structure/index.html

日本取引所グループ「TOPIX算出ルールの見直しの概要」
https://www.jpx.co.jp/news/1044/nlsgeu0000057d2k-att/j_data1.pdf

当協会証券アナリストジャーナル「特集株価指数」2021年4月号
https://www.saa.or.jp/learning/journal/each_title/2021/04.html

 令和3年度税制改正大綱では、「諸外国の制度を参考にしつつ、相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税する観点から、現行の相続時精算課税制度と暦年課税制度のあり方を見直すなど、格差の固定化の防止等に留意しつつ、資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築に向けて、本格的な検討を進める」と表明されています。これを受けて、生前贈与や相続税対策について関心が高まっています。
 今回は、この大綱に先立って昨年11月に開催された政府税制調査会の資料や議論をご紹介します。
 まず、財務省から資料に基づき、以下の説明がありました。わが国の相続税と贈与税の関係をみると、贈与税は相続税の累進回避を防止する観点から相続税よりも重い税率となっています。このため、財産が比較的少ない層にとっては生前贈与をするメリットがありません。しかし、相当に高額な財産を有する層では、相続財産に適用される限界税率を下回る金額を連年贈与することによって、相続税の累進を回避しながら、多額の財産を生前に移転することが可能となっています。例えば、相続財産(法定相続分)が6億円超(限界税率55%)と見込まれる方の場合、毎年4,500万円以下(限界税率50%)の財産を長期間にわたって生前贈与し続けていれば、生前贈与の相続財産への持ち戻しは3年以内に限られますので、大幅な節税が可能です(詳しくは、下記の(参考)税制調査会説明資料23ページ以下をご覧ください)。
 一方、先進諸外国では、贈与税と相続税は統合されており、米国では一生涯の累積贈与額と相続財産額の合計額に対して一体的に課税されます。また、ドイツでは生前の10年間、フランスでは15年間の累積贈与額と相続財産額の合計額に対して一体的に課税される制度となっています。
 これを受けて税調委員の中では、暦年贈与を廃止して、資産移転の時期に中立的な相続時精算課税制度を基本に考えるべきとの意見が多く聞かれています。生涯の累積贈与額の把握にはマイナンバー制度といったデジタル技術の利用も考えられるといった意見もあります。その他、1949年のシャウプ勧告の中でも生涯累積課税制度が提言されていたとの発言や、人生後半の年齢で支払う相続税と、より若い段階で支払う贈与税では、経済学的には、税負担額の総額の現在価値総額が同じにすべきであるとの指摘などもありました。
 税制調査会での議論は始まったばかりで、今後議論が本格化する見通しですので、目の離せないところです。

(なお、本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
内閣府第4回税制調査会(令和2年11月13日)
説明資料 https://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2020/2zen4kai2.pdf
議事録 https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/2zen4kaigiji.pdf

 家計の保有する金融資産は、日本銀行から4半期ごとに公表される資金循環統計によれば昨年9月末で1901兆円(前年同月比+2.7%)と増加しています。その背景には、新型コロナウィルスの影響から消費が抑制されて現預金が増加したほか、株価の上昇により投資信託の時価評価の値上がりも寄与しています。こうした金融資産の多くが高齢者世帯に偏在しており、しかも金融資産に占める現預金比率が54.4%と高いままで、なかなか貯蓄から投資(最近は資産形成という)が進んでいないのは周知の事実です。

 今回は、野村総合研究所が昨年12月に公表した、①各種統計から推計した「日本の純金融資産保有額別の世帯数と資産規模」および②全国の企業オーナー経営者(本人と配偶者の保有する金融資産が1億円以上)を対象に実施した「NRI富裕層アンケート調査」結果を紹介し、プライベートバンカーに期待される役割をみていきましょう。

 まず、①によると2019年時点での預貯金、株式、債券、投資信託、生命保険、年金保険などの金融資産合計額から金融負債合計額を差し引いた純金融資産保有額が1億円以上の富裕層は133万世帯,純金融資産総額は333兆円と、アベノミクスが始まった2013年以降一貫して増加を続けています。なお、本推計が開始された2005年時点での富裕層は86万世帯、213兆円でしたので、それと比較すると現在は5割増となっており、富裕層の厚みが増していると言えるでしょう。

 また、②でコロナを契機に資産管理・運用に関する考え方に変化があったか質問したところ、変化したとの回答が一番多かったのは「個人資産より所有する事業や法人の先行きが以前より心配になった」でした。ただ、第2位「複雑でわかりにくい商品よりもシンプルでわかりやすい商品を好むようになった」、第5位「自分の考えだけで資産の運用・管理するのは限界があると感じた」、第6位「資産の管理・運用に関するアドバイスをしてもらえる信頼できる専門家が必要だと思った」との声も多く聞かれ、資産運用アドバイスへの期待は高まっているようです。

 今回紹介した統計やアンケート調査を見ると、日本の富裕層は着実に増加しており、その主体とみられる企業オーナーは、まずその事業をよく理解したうえでリスク・リターンの指向に叶う最適なアドバイスを期待していることが改めて確認できると思います。また、事業の先行きについての不安には、高齢な企業オーナーでは事業承継や相続についての悩みもあると思われますので、こうした点での相談にも乗ることが望まれていると言えるでしょう。

(なお、本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
日本銀行:資金循環統計
https://www.boj.or.jp/statistics/sj/index.htm/

野村総合研究所:日本の富裕層は133万世帯、純金融資産総額は333兆円と推計
https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2020/cc/1221_1

 昨年末に令和3年度税制改正大綱が閣議決定され、国会審議を経て改正の運びとなります。大綱の内容は広範多岐にわたりますので、改正のポイントは税理士法人等専門家による解説をご覧いただければと思います。本稿では、閣議決定とその基になった与党の大綱の中から、税制が今後目指す方向について紹介します。

 まず大綱では、ウィズコロナ・ポストコロナ下の経済再生が喫緊の課題としており、中小企業支援、地方再生や固定資産税の評価替えの繰延べなどが挙げられています。また、働き方の多様化を含む経済社会の構造変化への対応や所得再分配機能の回復の観点から個人所得課税の検討を進めることや企業年金・個人年金等に関する税制上の取り扱いについて、働き方によって有利・不利が生じない公平な税制の構築に取り組むとされています。

 例えば、私的年金等の給付については、一時金払いか年金払いかによって税制上の取り扱いが異なり中立的でないことや、退職金では勤続期間が20年を超えると一年あたりの控除額が増加する仕組みが転職の増加に対応していないことから、イギリス、カナダでの各種私的年金共通の非課税拠出限度枠や私的年金等の個人退職年金勘定の検討を挙げています。

 また相続税・贈与税関係では、教育資金、結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置について、孫等が受贈者である場合に贈与者死亡時の残高に係る相続税額の2割加算が適用されないことが節税につながっていることから、世帯間格差の固定化の防止等の観点から見直した上で、2年間延長するとしています。なお、結婚・子育て資金については、贈与の多くが扶養義務者による生活費等の都度の贈与や基礎控除の適用により課税対象にならない範囲にあること等から、先行き制度の廃止を含めて検討するとしています。

 また、資産移転の時期に中立的な相続税・贈与税に向けた検討も課題に挙げています。現在、高齢世代に資産が偏在しており、相続による資産の世代間移転の時期も高齢期にシフトしています。その結果、若年世代への資産移転が進んでいません。しかし、現状の贈与税は、相続税の累進回避を防止する観点から、高い税率が設定されており、生前贈与に対して抑制的に働いている面があります。諸外国では、一定期間の贈与や相続を累積して課税することにより、資産移転のタイミングにかかわらず、税負担が一定になるような工夫が講じられています。このため、相続税と贈与税をより一体的に捉える観点から、相続時精算課税制度と暦年課税制度の見直しなどを本格的に検討するとしています。

 顧客にアドバイスするプライベートバンカーにとって、今後、税制改正でどのように議論が進んでいくのか目が離せないと思います。

(なお、本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

(参考)
財務省:令和3年度税制改正の大綱(閣議決定)
https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2021/20201221taikou.pdf

自由民主党・公明党:令和3年度税制改正大綱
https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/200955_1.pdf

 プライベートバンカーの皆様、明けましておめでとうございます。コロナの終息が見通せない中、晴れやかな新年とは言い難いところですが、お屠蘇やおせち料理には、長寿への願いが込められています。今回は、老年学と訳されるジェロントロジーを取り上げます。

 日本老年学会(The Japan Gerontological Society)は、1959年に発足していますが、世間でジェロントロジーという言葉が見られるようになったのは、人生100年時代と言われるようになった最近のことだと思います。長寿社会で生じる課題は、加齢による身体機能および認知機能の低下です。これまでも主として平均寿命(生命寿命)と健康寿命の乖離に着目して、寝たきりや痴ほう症への対応に世間の関心が高かったように思います。さらに一昨年には「老後資金2千万円不足」が社会問題化する中で、公的年金制度が抱える課題にとどまらず、高齢になると適正な消費、資産管理、運用が困難になり、平均寿命と資産寿命の乖離が大きくなり、老後の生活資金が枯渇するいわゆる老後破綻問題が浮上してきました。こうした中で、金融面に焦点を当てた「金融ジェロントロジー」という分野が浮かび上がってきています。

 金融ジェロントロジーには、公的年金、医療保険、介護保険等社会保障制度のあり方や財政、マクロ経済への影響など幅広いテーマが含まれますが、現在、特に注目されているのは、①認知判断能力低下時の金融サービスのあり方、②人生100年時代の資産寿命の守り方・延ばし方の2つであるとみられます。

 ①については、金融庁も金融審議会「市場ワーキング・グループ」報告書(2020年8月)で取り上げており、その中で、顧客本位の観点から、安心で利便性の高い対応の充実を掲げ、いわゆる金融商品販売での適合性の原則に加えて、デジタル技術を活用した個々の認知判断能力の研究や本人以外でも金融契約の有無を照会できるシステムの検討を求めています。言い換えれば、これまでの通常の認知判断能力を有する顧客を前提とした金融投資教育の充実と丁寧な情報開示・説明だけでは不十分だと言えるでしょう。

 ②については、キャッシュフローがプラスの現役世代を前提とした山登りの資産運用によって住宅・教育・老後資金を積み上げていく局面と、キャッシュフローがマイナスのリタイヤ世代が資産を取り崩しながら運用する局面では、考え方が異なると考えられます。現役時代では、一般にドルコスト法と言われる毎期定額の積立投資が推奨されますが、リタイヤ後の資産取り崩しでは、資産総額の一定比率での取り崩しの方が毎期定額での取り崩しよりは資産寿命を延ばしやすいとの主張がなされています(米国では4%引き出し)。その背景には、現役時代にはあまり問題とはならない投資リターンの順序(SOR:Sequence of Returns)が重要であり、リタイヤ後の運用をしながらの資産取り崩しでは、資産寿命に大きく影響するからと言われています。

 高齢者の支援としては、民事信託の活用、法定・任意後見人などが挙げられますが、金融のプロフェッショナルからできるアドバイスも今後増えてくるように考えられます。

(参考)
金融庁:金融審議会「市場ワーキング・グループ」報告(2020年8月5日)
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20200805/houkoku.pdf

駒村康平編:エッセンシャル金融ジェロントロジー(2019年9月30日)慶応義塾大学出版会

日本証券アナリスト協会:証券アナリストジャーナル「金融ジェロントロジー」(2018年8月号)

(なお、本文は協会の見解ではなく、編集子の個人的な意見です)

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