図書紹介

新解釈 コーポレートファイナンス理論
「企業価値を拡大すべき」って本当ですか?

宮川壽夫 著(ダイヤモンド社)

 本書サブタイトルの「企業価値を拡大すべき」って本当ですか?を見ると、世間の常識に反しているため、おやっと首を傾げる方も多いだろう。著者は、学問としてのコーポレートファイナンス理論とは価値判断を排し論理的に分析することであると宣言するとともに、一般に流布する企業価値拡大策の議論についても疑問を呈している。

 本書第1話から第4話では、理論の基本として、①商売の不確実性をリスクと呼び、出資者がそのリスクを取ったことに対して企業に期待する見返りをリターンと呼び、それを「資本コスト」と表すこと、そして②企業価値とは、「企業が将来獲得すると期待されるキャッシュを資本コストで割り引いた現在価値」と定義されること、③完全市場を前提に、株式市場で決まる株価は、1株当たりの株主価値(企業価値から債権者価値を控除)に合致することを説明している。

 第5話で企業価値の拡大とは、事業に投資したお金を資本コスト以上に増やすことであるとして、正のNPV(正味現在価値)やIRR(内部収益率)の意味を解説し、株主が期待している通りの経営を続けている限り、獲得するキャッシュが資本コストを超えることはなく、企業価値が拡大することはないことを明らかにしている。

 第7話では、企業価値を持続的に拡大させるには、外部環境の変化に身を任せるのではなく、企業内部から非連続的なイノベーションを起こす必要があり、これはシュンペーターの経済発展理論とも整合的であると指摘している。世間では、企業価値定義式の分母である資本コストを低下させることにより、企業価値が拡大するとの言説があるが、資本コストとは株主等が事業のリスクに応じて設定するもの、つまり企業の外から与えられるものであり、基本的に経営者が操作できるものではないとも付言している。自社の企業価値を拡大させるには、同じ産業の中で他社との違いを顕現化させて、分子の将来キャッシュフローを拡大させなければならず、これは、ポーターやバーニーらの経営戦略とも通じるという。著者は、企業価値の拡大とは、一般に考えられているよりも厳しいものと捉えている。 

 第9話では、ROE(自己資本利益率)を高めれば企業価値が拡大するという世間の常識を取り上げている。ROEも分母の資本を減らせばよいとの発想で、配当と自己株取得を行うことは、企業が成長段階から株主の資本を使って、もはや以前のようには利益を拡大できない段階にあることや、これ以上の資本を追加しなくても利益を維持できる体質になったことを意味するのではないかと指摘している。また、ROEが資本コストを上回っていればよい会社だとする見方には、ROEは過去の実績を示す会計上の概念である一方、資本コストは株主が企業に要求する将来リターンなので、時制が異なり直接比較することに疑問を投げ掛けている。

 このほか、本書では配当政策や企業の現金保有、ステークホルダー、コーポレートガバナンスなど幅広いテーマを論じており、読み応えがある。

 著者は、大阪公立大学大学院経営学研究科・商学部教授。

目次

第1話 会社が儲かるとは、そもそもどうゆう状態を言うのか?
    - 株式会社という説話原型
第2話 株価の変動がでたらめだったら何がうれしいのか? 
    - 不確実性理論という宿命
第3話 なぜ人はリスクを恐れるのか?
    - CAPMというイニシエーション
第4話 株価はどうやって決められているのか?
    - 割引現在価値という決まりごと
第5話 どんなときに企業価値は拡大するのか?
    - 正のNPVというメカニズム
第6話 株式市場は正しい答えを持っているのか?
    - 効率的市場仮説という自己矛盾
第7話 価値を拡大することはなぜ困難なのか?
    - 完全市場というフィクション
第8話 コスト削減の努力は報われるか?
    - キャッシュフローという現実性
第9話 財務分析はどこまで役に立つのか?
    - ROE崇拝の迷宮
第10話 配当?払ったことないですけどそれがなにか?
    - ペイアウト政策のパズル
第11話 現金?持ってないですけどそれがなにか?
    - 企業の現金保有とペッキングオーダー理論
第12話 会社は本当に株主のためだけに存在するのか?
    - 株主プライマシーとステークホルダープライマシー
第13話 会社はどこまで社会の持続性に貢献できるのか?
    - サステナビリティとコーポレートガバナンス
エピローグ
    - ゴーギャンの絵のように

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