図書紹介

世界インフレの謎

渡辺努 著(講談社現代新書)

 世界的にインフレが高進している。そして、その原因は、昨年2月からのロシアによるウクライナ侵攻だとの見方が広く受け入れられている。しかし、著書は欧米でのインフレはウクライナ侵攻以前の2021年春ごろから始まっており、侵攻がインフレを加速したものの主因ではないという。そして真の原因は、2020年からの新型コロナウィルスによるパンデミックであると主張している。そうであれば、2022年にはワクチン接種が進展し、欧米では先陣を切って経済活動を再開しているのに、なぜインフレが持続しているかとの謎が生じる。

 そもそもコロナ発生時に経済学者は、パンデミックが収束すれば、戦争や地震と異なり、生産設備やインフラが破壊されていないので、経済はすぐに元に戻ると考えていた。ところが経済が再開すると、生産が回復せずに需要に追い付かず、需要超過でインフレになってしまっている。その背景には、2年間の巣ごもりを経て、労働者・消費者の行動に変化(行動変容)が起きており、例えば、労働者は在宅勤務になれ、職場に復帰したがらなくなり(非労働力人口の増加)、消費者も人混みや他者との物理的な接触を避けるようになり、消費パターンが対面サービスからモノへと変化してきている(サービス経済化からの逆転)。こうした個々人の行動変容はたとえ僅かであっても、多くの人間が同じ行動(同期)を取ることにより、社会全体では大きな変化が起きているという。そして欧米の金融政策当局にとって、より大きな謎は、失業率とインフレ率との相関関係である「フィリップス曲線」に異変が生じ、失業率の低下に対応するインフレ率がはるかに大きくなっていることがある。

 さらに企業行動を見ても、徹底的にコストパフォーマンスを追及して世界のどこにでも進出しようというグローバリゼーションの流れが、2008年のリーマンショック後に反転し、パンデミックとウクライナ侵攻後に、供給網の安全性と安定性を重視して脱グローバル化に大きく舵が切られたことがグローバル企業の製造コストの上昇につながっているとも指摘している。

 以上のような要因が重なり現下の世界インフレが生じていると著書は主張している。ただ、こうした中で、日本のインフレは特殊であるとも指摘している。昨年6月時点では、ガソリンなどエネルギー関連品目が前年比10%以上の「急性インフレ」である一方、消費者物価を構成する約4割の品目が前年比ゼロ近傍の「慢性デフレ」を続けており、両極端が併存している。日本の慢性デフレについて、著者は前著「物価とは何か」で指摘した消費者の「値上げ嫌い」と企業の「価格据え置き慣行」があると解説している。その一方で、著者が昨年5月時点で実施した5ヶ国消費者アンケートでは、日本の消費者のインフレ予想はかなり上昇している。こうした素地もあって、企業も価格据え置きからコストアップの価格転嫁へと変化してきている。今後、物価上昇に合わせて賃金も上昇していけば、慢性デフレからの脱却に繋がるが、賃金上昇が物価上昇に追い付かなければ、実質消費が落ち込み不況下の物価高(スタグフレーション)に陥るという大きな岐路にあると警鐘を鳴らしている。

著者は、東京大学大学院経済学研究科教授、ナウキャスト創業者・技術顧問。

目次

第1章 なぜ世界はインフレになったのか -大きな誤解と2つの謎
第2章 ウィルスはいかにして世界経済と経済学者を翻弄したか
第3章 「後遺症」としての世界インフレ
第4章 日本だけが苦しむ「2つの病」 -デフレという慢性病と急性インフレ
第5章 世界はインフレとどう闘うのか

Get ADOBE READER

※PDFファイルをご利用いただくには、Adobe社 Acrobat Reader(無償)が必要です。最新のバージョンをお持ちでない方は左のバナーをクリックしてダウンロード後、インストールを行ってください。

CMA資格
プライベートバンカー資格
専門性を高める
金融・資本市場への情報発信
協会について

公益社団法人日本証券アナリスト協会は「ASIF(アジア証券・投資アナリスト連合会)」「ACIIA(国際公認投資アナリスト協会)」のメンバーです。
「CMA」「日本証券アナリスト協会認定アナリスト」「Certified Member Analyst of the Securities Analysts Association of Japan」は、公益社団法人日本証券アナリスト協会の登録商標です。

ページ先頭へ戻る

© 2015 The Securities Analysts Association of Japan.
当ウェブサイト内の文章・画像等の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。