図書紹介

中小企業金融の経済学 金融機関の役割 政府の役割

植杉威一郎 著(日本経済新聞出版)

 本書は、今年の第65回日経・経済図書文化賞を受賞した力作である。中小企業が資金調達する際には、株式や社債を市場で発行することが難しく、貸出市場で銀行や信用金庫・信用組合からの借入に頼ることが多い。さらにその借入は、借り手の中小企業と貸し手の金融機関の情報の非対称性から、特に不況期に難しくなる。このため、政府部門が貸出市場に深く関与する。著者は、中小企業向け民間貸出を政府が債務保証する信用保証付き貸出と政府系金融機関による直接貸出は合わせて50兆円を超え、日本全体の中小企業向け貸出残高の約2割に相当するという。

 こうした政府の関与は、倒産件数を減らし雇用を維持する面でメリットがあるとの評価がある一方で、非効率な企業を存続させ、新たな起業への資金供給を制約して経済全体の成長に寄与する効率的な資金配分を損ねているとの批判も聞かれる。どちらの議論にも一理あるが、その多くは事実関係や数字といったエビデンスによる裏付けが乏しかった。本書は、政府統計、民間信用調査データベース、企業向けアンケートなど現在利用できる最大限の情報源を利用して、様々な角度から中小企業金融に関する課題を検証している。

 以下、いくつかの論点を紹介すると、第1部「中小企業への資金配分とその効率性」では、金融機関などの支援がなければ事業存続が難しいゾンビ企業比率は、リーマンショック後の2009年からコロナショック前の2019年までは低下を続けてきたが、2020年から上昇に転じており、ゾンビ企業ほど政府の資金繰り支援措置を利用する傾向がある。生産性の低い企業から高い企業に資金が流れる傾向はみられず、地域間でも、預金が生産性の向上している地域から低下している地域に貸出として提供される傾向がみられる。このため、資金の再配分を通じた中小企業部門の生産性向上は起きていないとしている。

 第2部「政府の役割」では、理論的には、政府系金融機関による直接貸出よりも民間金融機関貸出への信用保証の方が社会的厚生を高めると考えられるが、現実は、理論の想定とは異なる事象が生じている。信用保証付き貸出の増加は民間のプロパー貸出の減少を上回っており、企業の資金調達環境は改善しているが、企業の事後のパフォーマンスは改善していないという。直接貸出の公庫利用企業では、信用保証付きとは異なり、積極的な設備投資が行われているが、こちらも事後のパフォーマンスは改善していなかった。なお、民間金融機関のプロパー貸出が公庫貸出によって代替される傾向はみられなかったこと、また、個人保証や担保に依存しない貸出については、コベナンツ(貸出契約に含まれる財務制限条項)が、個人保証の代わりに借り手の選別や規律付けに役立つ可能性があることが分かったとしている。

 第3部「貸出市場における金融機関の行動」では、地域ごとに貸出市場の集中度を計測したところ、全体的には上昇している中で、大都市圏では低下しており、二極化していること、そして集中度が高まると企業の借入金利は小幅かつ徐々に上昇することが分かったという。また、近年の金融機関合併を検証すると、合併行と取引していた企業の資金調達環境は平均的には改善しており、合併行が交渉力を高めて金利を引き上げることは考えにくいとしている。

 本書は学術書だが、各章の冒頭に要約、章末にまとめが置かれている。さらに序章と終章も併せて読めば、実証分析で得られた結果の政策含意について大枠を掴めるように工夫されており、実務家の読者にも勧められる。

著者は、一橋大学経済研究所教授

目次

序 章 中小企業金融に期待されるもの
     -危機時の流動性供給と効率的な資金配分
第1部 中小企業への資金配分とその効率性
 第1章  中小企業の資金調達構造とその変化
 第2章  企業間における資金再配分の規模と効率性
 第3章  地域間における金融機関の資金配分と効率性
第2部 政府の役割
 第4章  中小企業金融への政府による関与 -現状と理論的な背景
 第5章  信用保証が中小企業金融に及ぼす影響
 第6章  政府系金融機関による直接貸出が中小企業金融に及ぼす影響
 第7章  政府系金融機関は民業を圧迫しているのか
 第8章  個人保証や担保に過度に依存しない中小企業金融は可能か
第3部 貸出市場における金融機関の行動
 第9章  貸出市場の集中度と企業の資金調達
 第10章 金融機関の合併と企業の資金調達
終 章 中小企業金融の将来

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