プライベートバンカー資格
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図書紹介

『プライベートバンキング戦略―ターゲットはグローバル富裕層ファミリー』

野村総合研究所 宮本 弘之/米村 敏康 著(東洋経済新報社)
(税込定価1,890円)

三井住友信託銀行
ペンション・リサーチ・センター 所長
根本 誠一郎

「プライベートバンキング戦略-ターゲットはグローバル富裕層ファミリー」 PDF (512KB)

冒頭からいささか不謹慎な表現で恐縮だが、プライベートバンクと聞いて一般人が想像するのは、ハリー・ポッター・シリーズに現れた頑丈な扉と秘密主義に守られたグリンゴッツ銀行の映像かもしれない。無論これは前近代的なイメージであって、今日ではグローバルな富の増大と蓄積により、プライベートバンキングは世界的に普遍かつより身近なビジネスとして拡大している。日本もその例外ではなく、1980年代のシティバンク・グループの本格参入を皮切りに、国内金融機関ならびに外資系金融機関が30年近く試行錯誤を繰り返しつつも、しのぎを削ってきた歴史がある。 ようやくリーマンショックの痛手から立ち直り、金融市況回復の兆しが見える昨今、日本証券アナリスト協会のプライベートバンキング教育プログラムと資格制度がスタートするなど、プライベートバンキング・ビジネスについての盛り上がりが見られる。このタイミングでプライベートバンキングのビジネス戦略を扱った本書が発刊されたことは、まさに時宜にかなったものといえよう。

本書はその題名のごとく、金融機関のプライベートバンキング・ビジネスへの取り組みを扱った書である。したがってビジネスを担う金融機関の戦略の分析をテーマとしているが、その顧客である富裕層について実証的な分析を行っている点に大きなユニークさが認められる。プライベートバンキングの顧客層たる富裕層および超富裕層についての情報入手は、一般的には困難であろう。著 者の所属する野村総合研究所(以下NRI)が従前から実施してきた富裕層アンケート調査・同インタビュー調査からのデータは、富裕層の投資行動と意識を時系列で示しているので、他からは得難い貴重な情報を本書にもたらしている。

プライベートバンキングに関する書籍でいえば、本誌3月号の書評欄で取り上げられた「プライベートバンキング 上巻・下巻」(日本証券アナリスト協会編、ときわ総合サービス)が知識を得るテキストとしては最も集約された1冊になろう。加えて、プライベートバンキング市場の広がり、富裕層のニーズ、競合相手の特徴なども、プライベートバンキング業務に現在携わっている人ならずとも知っておくべき事項であることに間違いない。またこれからプライベートバンカーを目指す人にとって、今までのビジネスの歴史と経緯は押さえておくべき事柄だろう。本書はプライベートバンキング・ビジネスに関わる全ての人が、知識を学ぶテキストと一緒にぜひ読んでいただきたい1冊といえる。

以下章立てに沿い、本書の内容を紹介する。
第1章は、日本のプライベートバンキング・ビジネスの俯瞰である。この中で著者は日本のプライベートバンキング・ビジネスを、運用特化型、総合資産管理型、そして事業支援型の3類型に分類している。運用商品の提供を主眼とした運用特化型からスタートしたプライベートバンキング・ビジネスだが、不動産等を含む資産全般を対象とする総合資産管理型に金融機関は軸足を移していった。さらに、超富裕層のコア部分に位置する企業オーナー経営者をターゲットとして、自社株マネジメントや事業承継支援をサービスする事業支援型が主戦場となっているとする。

第2章と第3章で、著者は前出のNRI調査レポートをふんだんに活用して、富裕層マーケットの変化と現状を分析した。これによれば日本の富裕層は2007年をピークに増えていない。デモグラフィックには、大阪圏・名古屋圏の低迷と首都圏への集中が続いている。右肩上がりの市場であればビジネスの拡大余地も大きいが、市場が頭打ちの中では各社の戦略にビジネスの成否が大きく依存するであろうことは容易に想像できる。

第3章は、ここ5年間に起きた2つの出来事、リーマンショックと東日本大震災を取り上げて、これらが富裕層へ与えた影響について考察を巡らしている。まずリーマンショックだが、金銭的なインパクトも大きかったが、富裕層に資産運用リスクをとる必然性についての意識を変化させたようだ。同時に金融機関への不満も顕在化したので、それまで順調に伸びてきたかに見えたプライベートバンキング・ビジネスは一旦頓挫することになる。著者は「それまでのビジネスの未熟さが露呈した」と記述している。次いで東日本大震災は価値観への影響が大きかったとする。巨大災害とその甚大な被害を目の当たりにした富裕層にとっ て、相続や資産継承への本格的な取り組みを行う契機となったという。

第4章と第5章は、日本のプライベートバンキング・ビジネスの小史ともいえる。第4章がリーマンショック前まで、第5章が以降をカバーしているが、金融機関からの視点でビジネスの取り組みの変遷をたどりその歴史を振り返っている。先鞭をつけたシティバンクの成功を目の当たりにして、折からの規制緩和、金融ビッグバンやIPOブームの後押しもあり、日本の金融機関は続々とプライベートバンキングへ業務参入した。大手銀行系が金融グループ化の中で顧客層を絞り込んでいったのに対して、大手証券系は預かり資産の増大を図る営業スタイルへの転換を試みている。著者は業態別の課題として、大手銀行系はグループ内連携、大手証券系は収益至上主義からの脱却、参入と撤退を繰り返してきた外資系は景気の波に左右されない顧客基盤の確保、をそれぞれ指摘する。第2章と第3章に続き第6章で再び富裕層顧客の最新動向を紹介している。ここでのキーワードはオーナー経営者の海外進出である。自ら経営する企業の海外進出とともに、オーナーは自らの資産運用・後継者育成・生活拠点などプライベートな部分でもグローバルな課題解決に迫られることになった。著者は日本に拠点を置きながらアジアを中心に海外に出て行く富裕層が、資産を増やし続けることのできる勝ち組の顧客層であり、こうした顧客層のニーズに対するサービスに国内のプライベートバンキングの将来性があると主張する。

第7章は実質的な最終章であり、著者からのプライベートバンキング戦略への提言が数々なされている。提言は顧客開拓、商品提供、人材育成の広範囲に及ぶ。いずれも、慧眼の経営コンサルタントとして長年金融業界を担当してきた経験に裏打ちされた優れた提言といえる。

終章には大手銀行系、証券系、外資系のプライベートバンカーとの対談が掲載されている。プライベートバンカーの素顔が垣間見え、興味深く読ませていただいた。あるプライベートバンカーが必要な素養と能力を尋ねられて、「スーパーマンである必要はなくお客様の信頼を得られる品性と人格、最適なアドバイスを提供するための見識を深める努力を惜しまない姿勢」と答えている。プライベートバンカーに限らず金融業界に身を置く証券アナリスト読書室©日本証券アナリスト協会 2013 101者が持つべき普遍的な素質に思え、いたく感じ入った。

最後に小職の関心事をつけ加えさせていただければ、「長生きリスク」の顕在化によって個人のファイナンス問題に関心が集まっている。例えば遺贈の問題であるが、これまでファイナンスの世界では遺贈の効用はさほど考慮されてこなかった。しかし、本書にあるとおり、現実世界では遺贈や事業承継が個人の投資行動を決定する大きな要素になっている。従来のポートフォリオ理論の援用にとどまらず、富裕層あるいは個人の投資行動を対象とするリサーチをすすめることで、プライベートバンキング・ビジネスの発展に少しでも寄与することができればと考えた次第である。 なお本稿は筆者個人の意見であり、所属する組織の見解ではない。

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