おわりに

今回の米国のFD導入は、資本市場の発展につながるような公平かつ公正な情報開示がどのようにすれば実現できるかを真剣に検討するよい機会である。今後、わが国においても企業、証券アナリストなど資本市場関係者の間で、公平かつ公正な情報開示のあり方についてさらに検討することが望まれる。当研究会としてもそのような検討に積極的に参加していきたい。
当研究会は、今後、一般投資家への情報提供を含め資本市場に対する企業による情報提供が充実するにつれ、情報の意味を深く分析・理解し、企業価値を正しく判断することのできる証券アナリストの専門家としての能力が、今まで以上に問われるようになると自覚している。証券アナリストとしては、その知識・経験をさらに磨き、また高い職業倫理を持って、 投資家の方々に信頼され、また役に立つ存在となるよう努力していきたい。

注(1) レギュレーションFD制定の理由についてのSECの説明

SECの発表文書は、次のように述べている。
「委員会は、重要な企業情報の選択的開示の事例が増大していることに懸念を強めてきた。伝えられる多くの事例において、企業は翌期の収益予想の数字などの重要な情報を選ばれた証券アナリスト及び(又は)機関投資家だけを対象とし、一般大衆やメデイアの人間を排除したコンファレンス・コール又は会合で選別的に開示してきた。選別的に開示された情報を内々に知った者は、証券の発行者が後に完全な開示を行ったときに初めてその情報を知ることになる他の投資家に対し不当に優位な立場に立つことになる。・・・・選別的開示は我々の市場に対する投資家の信頼を損ない、また証券アナリストに深刻な利益相反の可能性を生じることになる。」1999年12月15日付けのSECの Fact Sheet: Selective Disclosure and Insider Trading Rule Proposals

注(2) AIMR(Association for Investment Management and Research)及び証券業協会 (Securities Industry Association)のFD案に対するコメント

AIMRのレギュレーションFDに関するタスク・フォースは、2000年4月26日付けのSEC委員に対する書簡の中で、FD案の基礎にある原則・精神は支持するとしつつも、このルール実施によって投資家に対して開示される情報が増大することにはならず、むしろ発行会社から株主等に伝えられる情報の質・量にネガテイブな影響を与えることになるのでルールの実施に反対すると述べている。同書簡は、さらに発行会社が誰に何を言うかについてガードを固めて行かなければならないということになると会社はそのうち厳しい質問に答えることを避けるためにルールの影に隠れたり、答えを簡略化されたもの(sound bites)や決り文句(boiler plate)にするかもしれないとし、タスク・フォースとしては、会社と投資家のコミュニケーションを増大するようなルールを検討するためのブルー・リボン・タスク・フォースを提案するとしている。

証券業協会は、2000年6月13日付けのSEC宛の書簡において、企業の役員がよからぬ動機を持って、特定のアナリストや投資家に選別的開示を行うべきではないとしつつも、提案されたルールはその目的を達するには適切ではなく、意図に反してむしろ企業情報の市場への流れを妨げる恐れがあると述べている。同書簡は、選別的開示について何らかのルールが必要であるとしても、これまでの判例を踏まえ詐欺的行為の規制をさらに詰めて検討するといった別のアプローチがあったはずだとしている。

注(3) FDに関するフィナンシャル・タイムズ紙の記事

2001年4月7~8日付けフィナンシャル・タイムズ紙は「ディスクロージャー・ルールが論争を起こしている」と題する記事の中で、ゴールドマン・サックスのヘンリー・ポールソン会長が、FDは制定の動機は良かったのかもしれないが、実際には市場におけるボラティリティを増したとして否定的な評価を行っている旨の発言を伝えている。

補論(1) 本件を巡る日米の状況の比較

(a) 企業の業績予測に関するいわゆるガイダンスについて

今回SECがレギュレーションFDを制定した重要な背景と言われているのは、企業業績の予測に関するガイダンスと呼ばれる慣行である。米国では、四半期決算が行われているが、その四半期について業績予測を発表する企業は少数である。これは発表された業績予測に比し実績が下回った場合、株主から訴訟を提起されるリスクが高いためである。そこで米国株式市場では、企業の四半期ごとの業績予測(1株当たり利益の予想)はアナリストの仕事となり、投資判断の重要な要素として株価を動かす大きな材料となっているが、アナリストが予想した1株当たり利益に比し、実績がわずかに及ばない場合でも株価が大幅に下がる場合がある。そこで企業は、株価の乱高下を避けるため、アナリストの予想が実績に近いものになるよう大変な努力をすることになり、いわゆるガイダンス(予測が実績に近づくようにするための誘導)が頻繁に行われてきたと言われている。(前掲注(1)参照)このような慣行については、特定のアナリストのみが業績予測に関する情報を入手し、一般投資家の犠牲の上に一部の者に利得を与える機会をつくっていたとの強い批判があった。

わが国について見ると、東京証券取引所の定める決算短信の様式に「次期の業績予測」の欄があり、次期の業績予測(年度及び半期、四半期は極めて少数)は企業自身が発表しており、またその予測について変化が生じたときは修正発表を行うことも出来る。したがって企業が米国のようなガイダンスを行う必要性は乏しいと考えられ、総じて見れば、わが国においては証券アナリストと企業の間には良い意味での緊張関係があると言える。

(b) 日米のインサイダー規制の違い

米国におけるインサイダー取引規制

(a)で述べたような選別的な開示によって一部の者が株式の取引により利益を得たような場合、インサイダー取引規制により取り締まることも考えられるが、米国の法制の下ではそれが困難であったと言われている。米国では、わが国と異なりインサイダー規制を正面から規定する成文法がなく、本来は相場操縦等を想定していた1934年証券取引所法10条(b)及びそれに基づいて制定されたSECルール10b-5の下で発展してきた判例法によって規制や被害の救済が行われてきた。米国の判例法は、当初、内部情報を利用して取引を行った企業の内部者が連邦証券法違反の責任を問われるのは、その行為が証券発行会社(株主)に対する信任義務に反する場合であるとしていた。その後、判例は証券発行会社以外の者に対する信任義務に違反して取引を行った場合でも連邦証券法違反に問われうるとしたが、いずれにせよインサイダー取引として違法と認定されるのは、未公開情報の利用が誰か特定の者に対する義務違反を構成する場合に限られている。

また、内部者から内部情報を受領して取引を行った者(情報受領者)については、インサイダー取引の責任を問われるのは内部者の情報提供行為が信任義務に違反する場合であって、かつ情報受領者がそれを知りまたは知り得べきであった場合に限るとしてきた。この場合、情報の提供者が信任義務に違反していたかどうかの判断はその者が直接・間接の個人的利得を受け取っていたかどうかというような基準によるべきであるとされていた。
このような判例法の下では、企業が、株価の乱高下を回避するためにアナリスト等に業績予測について選別的な開示を行い、それを利用して一部の者が株式の取引を行い利得を得たとしても、企業の側に信任義務違反があったとは言い難く、インサイダー規制の枠組みで規制することには困難があったといわれている。

わが国におけるインサイダー取引規制

わが国では、インサイダー取引規制については成文法である証券取引法及び関係政令等に詳細な規定が置かれ、インサイダー取引を構成する要件は形式的に規定され、米国のように信任義務違反が要件とされているわけではない。したがって、例えば企業が、米国で行われていたように特定アナリストに対するガイダンスを行い、その内容が証券取引法第166条第1項に該当する未公表の重要事実に該当する場合(例えば、経常利益の予想値について言えば、公表された直近の予想値に比し30%以上かつ前事業年度の純資産額と資本金の額とのいずれか少なくない金額の5%以上の変動の場合)で、そのアナリストまたはそのアナリストが属する会社がその企業の株式を売買したような場合は、インサイダー取引としての規制が可能である。

また、米国の成文法には重要事実の定義については規定がなく判例によって決定されているのに対し、わが国の証券取引法及びその関係政令等は、一部に包括的条項はあるものの、決定事実、発生事実及び収益関係事項に関する決算値・予想値のそれぞれについてどのような場合に重要事実に該当するかについて数値基準を含む詳細な定義を設けている。東京証券取引所の「会社情報適時開示ガイドブック」もこれらにつき詳細な規定を置いている。したがって、企業は、重要事実かどうかの判断が行いやすく、これに該当する場合には特定者に対する開示を控え、必要な場合公表の手続きを踏むことが出来る。
このようなことから、わが国においては、企業が法令に則った開示に留意し、インサイダー取引規制が適切に活用されれば、米国で問題とされたような選択的開示に伴う弊害の大部分は抑止できるのではないかと考えられる。

補論(2) レギュレーションFDにおける重要事実

レギュレーションFDは、発表文書の解説において幾つかの例示はしているもののFD自体には重要事実の定義規定を置いていないので,その厳密な範囲は不明であるが、レギュレーションFD上の重要事実がわが国の証券取引法上の重要事実と異なりより広いものとなる可能性はある。このため、米国市場に上場されている企業等におかれては、証券取引法上の重要事実ではないが、レギュレーションFDとの関係ではグレーな情報についても証券取引法上の重要事実と同様の取り扱いをされるところが出てくることも考えられる。そうされるかどうかは各企業のご判断の問題であるが、当研究会としてお願いしたいのは、その場合でも、当該情報をアナリストに提供することを止めるのではなく、公表の手続きをとることにより引き続き開示していただきたいということである。

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