『貧困問題に関連して』

アジア開発銀行によればアジア、太平洋地域で一日2ドル以下で暮らす貧困人口は17億人にのぼるという。2ドルの基準に当てはめればわが国には貧困問題は存在しないことになるが、現実には、わが国においても貧困が社会問題としてクローズアップされている。
わが国の貧困の実態として例えば生活保護世帯の増加があげられる。収入が年最低生活費(3人世帯東京都約200万円)に足りない生活保護世帯は、2008年には116万世帯と戦後最低であった15年前の2倍に増加している。また、2007年には全労働者の3分の1が非正規労働者であり、15~24歳に限ればその比率は50%近くに達している。2008年の労働者賃金は大企業の場合、正規社員賃金を100とすると非正規労働者は58となっている。別の例をあげると、貧困世帯に生まれた子供は教育格差を通じて貧困の連鎖に留まらざるを得ないケースも増加していると言われている。
これらはわが国の実態の一例だが、貧困の背景には、企業が非正規労働者のウエイトを高めるなど労働コストの切り詰めを推進してきた一方、国の政策として弱者救済の枠組み(セイフテイネット)の底が浅いという、官民両面にわたる要因があるものと思われる。
極めて素朴だが「衣食足りて礼節を知る」のとおり、貧困に追われる人の数が増えればそれだけ社会の安寧に負の影響をもたらしかねず、貧困問題は放置すれば社会全体を蝕みかねない怖さをもつものと言えよう。
貧困問題改善へ向けて官民の努力、とりわけ官の本格的取り組みが必要とされるが、幸い本年度の追加経済対策において諸雇用対策が決まり、また「骨太方針2009」にも非正規雇用対策など従来手薄であった分野への資源配分増加が盛り込まれると伝えられている。
深刻化している当問題の改善へ向けて官民あげて即刻取り組むのはもちろんだが、環境問題への取り組みがかけがいのない地球を守ることを目指すと同様、貧困問題へ取り組むことはわれわれの暮らす日本社会を守ることに結びつくという長期的視点から、貧困克服へ向けてわれわれの考え方そのものを見直すことも必要とされているように思われる。
例えば、現代の資本主義で前提とされる利己的行動を是とする考え方から、日本人が多神教、アミニズムの世界で受け継いできた利他の精神、またGNPに代わる指標としてブータンが導入しているGNH(Gross national happiness国民総幸福)的考え方、さらにはノーベル経済学賞受賞のアマルテイア・センによる自己の利害関係ではなく他人への共感(シンパシイ)と正義感(コミットメント)が経済行動の動機であるとする考え方、等々考え方の規範そのものを多面的に捉えなおすことが必要になっているのではなかろうか。アナリストのみなさんにとっても、企業分析、経営者評価、提言に当たって従来の尺度、規範を超えた部分について、あえて意識、考慮することが求められている時代になっているのではと思うこの頃である。
2009年7月
社団法人 日本証券アナリスト協会
理事 高松 泰治
(明治安田生命保険(相) 取締役執行役副社長)


