2008年6月2日『長生きリスク』VS『早死リスク』

今年、還暦を迎えることもあって、田舎の小学校、中学校と、同級会の案内が立て続けにやってきた。還暦を間近にして、数年前から、嫌でも老後のことを真剣に考えざるを得なくなってきている。平均的サラリーマンの、リタイア後の基本的な収入は公的年金であるが、年金に関する文献を読むと、多くの文献において、年金財政の前提につき楽観的に過ぎるとの指摘、或いはマクロ経済スライド(即ち、将来時点における年金額の実質価値の切り下げ)の仕組みが導入されている点に留意する必要がある、との言及が見られる。
昨年暮れに、筆者の父は満98歳を間近にして、又、母はこの春、白寿を迎えた後、それぞれ大往生した。ここ数年、父は『こんなに長生きをするとは思わなかった』としばしば述懐していた。父は一介のサラリーマンであったが、5人の子供達に然るべき教育の機会を与え、何度か海外旅行にも行きながらも、経済的には全く子供たちの世話にはならずに一生を終えた。このような両親を見ていると、筆者としては、自分の子供たちに経済的迷惑をかけないことを前提に、かつ、公的年金について、遠い将来にわたって実質価値が維持されるのかという上記リスクも勘案し、ライフサイクルについて、長生きのリスクを強く意識せざるを得ないと考えている。
他方、子供たちの世話、筆者の両親の世話で苦労をしてくれた家内のほうを見ると、父親こそ満79歳で亡くなったものの、母親は満47歳を目前にして、親孝行の真似事も出来ないまま亡くなってしまっている。海外旅行を含め、楽しいことは何も経験してもらう事も出来ずに亡くなってしまい、誠に残念な思いが残っている。こうした事もあってか、家内のほうは、老後の事も心配しつつ、早死のリスクのほうにも強く思いが至っている様である。
ライフサイクル・ファイナンスを検討するに当たって、家計と言う一投資主体内における投資・消費のエンド・ピリオド、或いは、遠い将来と身近な将来についての期待効用に関してのすり合わせは、それなりに難しい点があると感じている今日この頃である。
2008年6月
社団法人 日本証券アナリスト協会
常務理事 八木 健


